其の拾壱

「やけに騒がしいな」

「ん~。もう少し」

「……」


 身を起こそうとしたら、どこぞの馬鹿なシャーマンの足が腹の上に乗っていた。

 日々の練習で鍛えられた無駄な肉の無いしなやかな足を退かして上半身を起こす。


 倉庫の二階とは言っても屋根裏部屋みたいな場所だ。窓は無い。

 ただ空気の入れ替えの為に屋根の一部が持ち上がるようになっていて、ミキはそれを押し開くことで明かりを取り込んだ。


「眩しい……です」

「目を覚ませ。もう朝だ」

「むに~」

「……それと何か着ろ」


 確か寝る時に新しく自作した寝間着を着ていたはずだが……視線を巡らせると寝間着の残骸が転がっていた。

 どうやら寝ているうちに解れて開けてしまったらしい。


 やれやれと肩を竦めて外に視線を向け直せば、外で人が集まり何やら騒いでいる。

 声の様子から争いでは無さそうだ。


「帰って来たみたいです」

「誰が?」

「あれです。……誰でしたっけ?」


 ぴょこっと隣で顔だけだしたレシアが、首を傾げている。

 彼女にその手のことを求めた自分が間違っていたのだろう。


 頭の上に手を置いてやると、どこか嬉しそうに彼女が顔を上げた。


「とりあえず何か着ろ。この馬鹿者が」

「にょ~」


 掴まれた頭を押され背後へと倒されたレシアは、後転してから綺麗に立ち上がった。




「ああ。ラシム~」

「ホシュミ……苦しいよ」

「ん~」


 ちょっとした集まりの中心で、ホシュミが人の良さそうな男性に抱き付いて頬を寄せている。

 何故か腕に抱き付いて来たレシアをそのままに、ミキはタハイに声を掛けた。


「何事だ?」

「おう。済まんなこんな朝早くに」

「ねむねむでぶっ」

「……別に構わんが」


 彼に叩かれたレシアが頭を押さえて蹲る。

 余りにも早い一撃を見せた若者に、タハイは苦笑した。


「染料となる花や草、木の枝や根っこなどなどを集めに行ってた者たちが帰って来たんだ」

「それであの台車に荷が山盛りなのか」

「そうなる。化け物の襲撃に会うかもしれないから、警護の者を雇ったりするから金がかかる。行く回数が少ない分、一度で集められるだけ集めて来ないとな」


 相手に誘われてミキは台車に近寄る。


「こんな草木が俺たちの生命線だ」


 手に取った葉を寄こされ、ミキはそれをじっくりと見る。

 ごくごく普通の葉っぱにしか見ない。


「それを潰して煮詰めて糸を染めると、鮮やかな紫色が出る。俺たちの先祖はそうやって色々な物を染めては新しい色を求め続けたんだ」

「歴史が深いんだな」


 頂戴頂戴と手を引く彼女に渡し、ミキはそろそろそっちに目を向けた。


「お前の娘が朝から欲情しているみたいだが……止めなくて良いのか?」

「見たくないからお前をこっちに引っ張って来たというのに」


 苦笑する父親が頭を掻く。


「ラシムは目立った技術は無いが、とにかく仕事が丁寧だ。婿にするには文句の無い相手だ」

「なら何故逃げる?」

「……こればかりは娘を持つ父親にならんと分からんよ。手塩に掛けて育てて来た娘を他所の男に取られるんだ。アイツじゃ無ければ殴り飛ばしている」


 苦笑の中にも暖かな空気がある。

 それが父親なのだな……と思いながら、ミキはポカッと葉っぱを噛もうとしていたレシアを叩いておく。


「何でも口に入れるな」

「でも甘い匂いがするんです」

「匂いは甘いが葉っぱ自体は渋いぞ。ここらのガキなら全員知ってる」


 笑って告げるタハイの言葉に、渋々レシアが葉っぱを戻した。


「ん~。ん~」

「うっぷ。……ちょっとホシュミ。落ち着いてね」

「大丈夫よ。私たちはもう夫婦みたいな物なんだから。ん~」

「……ラシムっ! 俺の娘に何してるっ!」

「だからホシュミがっ!」

「お父さんは黙っててよ!」

「うるせえ! 俺の目が黒いうちはそんな破廉恥なことは許さねえっ!」

「だからお義父さん」

「うるせえっ! お前なんぞに親父とか呼ばれたくねえっ!」


 義理の息子を殴りに行ったタハイが娘の容赦無い平手を食らって地面に伏す。

 腰の入った綺麗な平手打ちだ。


「ミキ……」

「ん?」

「ここに居る人たちはみんな良い人ですね」

「そうだな」

「……私やっぱり眠いからもう少し寝て来ます」

「そうだな。家族の語らいを邪魔するのは野暮って物か」


 また腕に抱き付いた相手と共に、ミキは倉庫へと足を向けた。




「むむむむむ」

「どうしますか?」

「……もっと染料の量を増やして染めたらどうだ?」

「そうすると色が濃くなり過ぎて、どんなに洗い落してもこの色が出なくなります」

「むむむむ」


 手渡された糸は見て分かるほど色むらがある。

 とても商品として出せるような代物ではない。


「どうにかしろ! エルンシーズから仕入れた道具とて安い物では無いんだぞ!」

「分かっていますが……あの道具は色々と使い勝手が悪くて」

「言い訳は要らん!」


 工房を預かる者はその怒気に首を竦める。

 主人であるザジーリーは、その恰幅の良い体を震わせ肉付きの良い顔を真っ赤にしていた。


「何か打つ手を考えろ!」

「……もっと腕の良い職人を雇うしか」

「お前以上の職人など誰が居る!」

「……この村ではタハイに適う職人は居ません」

「むむむむむっ!」


 誰に聞いても出て来る忌々しい名前。

 実際店でよく売れるのは彼が作り出す糸や布だ。


「タハイは首を縦に振らん。だからお前たちがどうにかしろ!」

「……はい」

「それと祭りに使う布は出来たのか?」

「……タハイの布を使うことに決めました」


 赤かった顔を怒気で赤黒くして、ザジーリーはボカッと職人を殴った。




(C) 甲斐八雲

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