其の玖

「どうしてですか?」

「俺の戦い方は普通とは違うからな……人に教えるのに数年かかる。そんなに長くここに居ないので教えられんよ」

「……」


 てっきり別の理由で断られたと思っていたタインは、その答えをぶつけられて沈黙するしかなかった。

 シュンと意気消沈した少年を見て、やれやれとミキは息を吐く。

 振っていた棒もだいぶ軽くなってきていたし、ここらで一休みするのも悪く無い。


 棒を立てかけ、ミキは上着を脱ぐと体の汗を拭い出した。


「凄いですね」

「ん? ああ。俺は弱いからな……こうして鍛えないと勝てやしない」

「でもそんなに鍛えてるなら」

「これでも足らないさ。最近は立て続けに負けたばかりだ」

「……そうなんですか?」

「ああ。大トカゲの狩場でそこの主に負けて、あと人に化ける狼にも負けた」


 純粋にタインは何か違う気がした。

 そんなモノと戦って生きている方が凄い気がする。


「人を相手にして負けたのは?」

「……お前よりもずっと子供だった頃に、育ての親に噛みついてボコボコにされたな。たぶんあの時が最後か」


 シュバルの一団で雑用係の見習いをしていた頃だ。

 同じ奴隷仲間に絡まれてこれでもかと棒で殴ったら、それを見たガイルに『弱いもんを殴るんじゃねぇ!』と怒鳴られてボコボコになるまで殴られた。


 思い返すと相手の言葉の矛盾が正直酷過ぎる。


「それから人を相手にして負けて無いんですか?」

「負けてはいないな」

「なら強いんですよね?」

「弱いさ。自分が死にたくないから先に相手を殺しているだけのことだ」

「……」


 小さな悲鳴を発して少年が後ずさる。


「良いかタイン。武器を持って戦うってことは、どんなに綺麗な言葉を並べてもただの殺し合いだ。そこにあるのはどっちが先に相手を斬るかだ。俺は弱くて死にたくないから人より早く相手を斬る。だからまだ生きている」

「……」

「人が殺せないなら武器など持つな。お前にはあんな立派な父親が居るだろう? あの人に学んで糸を染めて布を作れ」

「でも……」


 ギュッと握りこぶしを作る少年に、ミキとて思う所はある。

 同じ年頃の少年たちに良い様に殴られていた彼のことだ……少しは見返してやりたいと思っているのだろう。


「仮にお前が武器を使ってあの悪ガキどもを懲らしめたとする。すると次はどうなる?」

「どうなる?」

「下手をすれば大人が出て来てお前を殴る」

「……」


 考えてもいなかったのだろう。

 突き付けられた現実に少年は助けを求める様に辺りを見渡す。


 でもミキは手を抜かない。確りと"最悪"を教えることで馬鹿な考えは捨てさせる。


「お前では無くて姉が襲われるかもしれない。それでも良いのか?」

「それは……」


 一瞬肉親が居なくなることを想像したのか、カタカタと震えだしたタインの目から涙が溢れた。


「それが戦う事への代償だ。強さとは得れば得るほど大切な何かを失ってしまう。一番良いのは戦わないことだ」

「……はい」

「良し。ならこっちに来い」

「?」


 呼ばれ涙を拭ったタインは、ミキに向かい歩を進める。

 後もう少しと言う所で、手招きしていたミキは立て掛けてあった棒を掴んだ。


 ブンッと音を発して振るわれたそれが……少年の頭蓋を狙う。

 咄嗟に頭を庇ったタインは、スッとしゃがんで棒を回避する。


「そこで足元の土でも砂でも良い。掴んで相手の顔に向かい投げろ」

「あっはい」


 言われるままに地面の土を掴んでミキに向かい投げる。

 飛んで来ることが分かっていた攻撃を、彼は軽く体を捻って交わす。


「相手が顔を汚して怯んでいる隙に逃げるんだ。その時は決して振り返らず、真っ直ぐ自分の味方となる大人の居る方へ全力でだ」

「はい」

「それで戦わずに済む。下手に殴り返してやろうとか考えるからずっと殴られたままになるんだ」


 また棒を立て掛けて、ミキは体に着いた土を布で拭う。


 そんな相手の姿を見た少年は……何となく不満げな顔を向けてしまう。

 分かっている。彼が自分のことを考えて『逃げ方』を教えてくれたのだと。


 でもやっぱり憧れてしまう。戦う姿を。


「ったく。逃げるのは不満か?」

「……はい」

「逃げることは決して恥ずかしいことじゃ無いんだぞ?」

「でも格好が悪いです」

「格好を気にして殺されても良いのか? それとも家族に何か起きても良いのか?」

「……」

「一番良いのは子供の喧嘩で収めておくことだ。それ以上になれば誰かに害が及ぶ。そうすれば上限が無くなる。死人が出るまでな」

「でもっ!」


 少年の噛みつきたい気持ちは分かる。

 自分にだって同じような年頃があったのだから。


 だからこそミキは厳しくする。甘やかせば怪我をするのは自分では無く彼なのだ。


「お前は何故か受け身が上手い。だからそれを使って逃げろ」

「……戦いたいんです」

「危ないと知ってもか?」


 ボロボロと涙を溢す少年は、耐えるように体を震わせる。


「父さんも姉さんも色々と苦労してるのに、僕だけ何も出来ない。ただ殴られて泣きながら帰って……その度に姉さんを困らせる。もう嫌なんです」

「そうか。でもお姉さんはきっとそれでもお前に戦って欲しくないと言うと思うぞ?」

「でも!」


 折れそうにない。余程色々な感情が溜まっているのだろう。


「……これは人伝に聞いたことだ」


 棒を掴んでミキは構えた。その腕をゆっくりと上げ上段に構える。


「毎日こうして何べんも振り続ける。そうすれば岩をも断つことが出来るそうだ」


 一刀流の教えにそんなのがあると聞いたことがある。

 剛の剣であるそれは自分には向かないと聞いた程度だったが。


 だがタインは別の答えを示した。


「……ミツの兄ちゃんに聞いたんですか?」




(C) 甲斐八雲

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