其の捌

「ミキ」

「何だ?」

「どうしてタハイさんの相談に、あんな答えをしたんですか?」


 ポンポンと作った枕を叩いて高さの調整をしているレシアは、ふと思い出して声を掛けて来た。


 好きに使って良いと言われて案内された部屋は、倉庫の二階部分だった。

 タハイ家族の住む家から離れた場所なのは……若い男女と言うことで配慮してくれたのだろう。

 二人で軽く掃除をしてレシアは寝床を作り出した。


「どうして俺があんな答えをしたと思う?」

「ん? むむむむ……」


 質問に対して質問で返す。

 彼の問いに首を傾げて考え込んだレシアは、ポンと手を叩いた。


「分かりました。分からなかったからですっ!」

「自信を持って間違いに胸を張るな」

「違うんですか~?」


 シュンとなった彼女は、そのまま作られた寝床に横になる。

 日が沈む前にたっぷりと干した藁の匂いが布越しに伝わって気持ちが良い。


「それで何でだと思う?」

「分かりません」

「ある意味最初の答えも間違えでは無いんだよ」

「はい?」

「どっちも正しいからだ」

「ふにゅ?」


 顔を起こした彼女がその言葉でまた伏した。


「逃げずに聞け」

「……はい」

「道具を使ってたくさん作ること何が起きる?」

「ちゃんと聞いてました。色があれするのと布がそれするんです」

「聞こえてても覚えて無ければ意味がないぞ?」

「ぶー」

「簡単に言えば、今より質が悪くなるってことだ」

「それは良く無いことですよね?」

「そうでも無いんだ」

「ふへ?」


 相手の誘いに甘え、夕飯までご馳走になって来たから今日は寝るだけだ。

 ランプに使っている油も消耗品でしかないから、ミキは光量を小さくして枕元に置いた。


「たくさん作れば、全部が悪い物ってことは無い。その中には良い物だって作られる」

「うんうん」

「その中の良い物は普通に売って、悪い物は値を落として売る。そうすれば今まで値段的に手が出せなかった者も買えるようになる」

「……だったらたくさん作れば良いじゃ無いですか?」

「だから言ってるだろう? 全部が良い物ではなくなるんだ」

「……」


 ミキは笑い軽くレシアの頭を撫でてやる。


 彼女にとって必要なのは、人としての成長だ。

 だから考える力を養うことは決して悪いことではない。教える方は苦労が絶えないが。


「質の悪い物が混ざれば今まで買っていた人たちは『あそこの布は質が落ちた』と騒ぎ出す。そうすれば良い物を求めて客が離れて行ってしまう」

「ん? むむむむ?」

「つまりどっちを選んでもどうなるのかは分からない。それが商売なんだよ」


 そう。商売とは時の運だ。


「なら今まで通り作れば良いじゃ無いですか」


『簡単なことです』と自慢げな顔で、彼女はもっと撫でてとミキの手に頭を擦り付けて来る。

 だがミキは軽く交わしてその頭をベチッと叩いた。


「あうっ」

「確かに今まで通り作っていれば質は落ちない」

「なら」

「でも値段も落ちない。数は増えない」

「……」

「仮に道具を使い大量に作る方で質の良い物が出来るようになったら?」

「ん? ん~」

「全ての客が離れて行くとは思わないが、今までのように売れなくはなるだろうな」

「……難し過ぎます」


 ふくれっ面になったレシアが、握った手でポカポカと彼の足を打つ。

 あははと笑いミキも横になった。


「だからタハイはその時のことを考えて畑を残す道を考えている。商売って言うのは必ずしも勝ち続けられるとは限らない。何かの失敗で全てを失いかねないんだ」

「でも私たちは今のところ」

「ああ。幸運なことに失敗していない。でもそれだって幸運だからこそだ。商売の経験の無い俺からすれば、これ以上の勝負なんてしたくも無いね」

「……だからミキは答えを避けたんですね」

「その通りだ。どれを選んでも成功と失敗が見える答えんて……恐ろしくて口にしたくないよ」

「ですね」


 ポフッと彼の胸に顔預け……レシアは目を閉じる。


「ミキ」

「ん?」

「難しい質問は嫌です」

「甘ったれるな。これからはどんどん質問していくぞ?」

「嫌です。頭が痛くなります」


 もう聞かないとばかりにレシアは耳を塞ぐ。

 この我が儘はと言いたげに……ミキは彼女の両の頬に手を当てると、その顔を上に反らした。


「甘えは許さん。頑張るなら肉でも何でも食べさせてやるぞ?」

「……ならずっと傍に居て下さい。そうすればミキは私が嫌がっても質問するんですから」

「それで良いならそうするよ」


 そっとキスをして……ミキはランプの灯を消した。




 朝から元気に駆け出して行った馬鹿を放置し、ミキは長い棒を手に人気の無い木々の間を進む。

 適当に辺りを見渡して……ちょっとした空間を見つけるとその場で足を止めた。


 川の中に沈めておいた棒はたっぷりと水を吸い適度に重い。

 それを上段で構えて振ることで、普通に振るよりか上半身に来るのだ。


 何回も何回も振り続け……全身から汗を噴き出して滴り落ち始めた頃、彼はようやく声を掛けることにした。


「そんな所で覗いててもつまらないだろう?」

「……」

「何か聞きたいことでもあるのか?」


 深く息を吐いて素振りを止めたミキは、ずっと隠れていた少年に顔を向ける。

 恥ずかしそうに出て来たタインは……覚悟を決めたように口を開いた。


「僕にもそれを教えてください」

「無理だ。諦めろ」


 余りの即答に少年は、その言葉を理解しきれなかった。




(C) 甲斐八雲

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