其の拾壱

「勝手をされると困るんだが?」

「あら……もしかして私、余計なことをしたのかしら?」


 影の中から染み出る様に出て来た女性は、いつぞやの老婆の孫を自称する女だった。

 あの時と同様に豊満な肉体を惜しみも無く曝している。


 それに気づいたレシアが飛び出して、ガウガウと彼女を威嚇しだした。


「だったら最初に始末しておけよ」

「どうして?」

「ナイフの手入れと言う手間が増えた」

「あらごめんなさい」

「ついでにレシアの髪も砂まみれだ」

「そっちの方が怒っている理由でしょ?」


 クスクスと笑う彼女は、手にしている物を放り投げた。

 ゴロゴロと地面を転がったのは人間の頭部だ。


「それでこいつ等は?」

「過激派が唆した人間のあれよ。えっと……徒党を組んで悪さする」

「盗賊か?」

「そうそれ」


 賊なら墓すら要らないかと、ミキは斬り捨てた男たちの始末を忘れることにした。


「それでどうしてレシアを襲う?」

「だから過激派が馬鹿なことを考え出したのよ。で、お祖母ちゃんは仲間と一緒に殴り込みに行ったわ」

「相変わらず過激なババアだな? どっちが過激派だ?」

「そうね。うちのお祖母ちゃんは、過激な穏健派だから」


 笑いながら女性は、地面に転がっている死体を無造作に掴むと影に向かい放り投げる。

 どれもが影に飲み込まれる様に消えて行く。


「それは何だ?」

「えっ? ああ。見習いを一人連れて来たのよ。その子に遠くに捨てに行かせてるわ」

「五回も往復させるお前も中々酷いな」

「あら? 私の様な熟した体よりも若い子の方が良いの?」

「言ってろ発情した犬っ」

「ミキ!」


 その首を掴まれ女性の片腕一本で吊るされたミキは、相手の目の奥に見える怒りの炎を確かに見た。


「私たちは犬じゃない」

「止めて下さいっ! ミキを離してっ!」


 ビクッとその声に反応し、女性はミキの喉から手を離した。


「ミキっ!」

「えふっ……大丈夫だ」

「本当に?」

「ああ」


 心配そうに抱き付いて来る相手の頭を撫で、ミキは軽く咳き込みながら自分を見下ろす女性を見た。


 冷ややかな目が……全てを物語っている。


「自分たちは狼だ。決して飼い犬では無いっという目だな」

「……」

「答えられんならそれで良い」


 レシアの手を借りて起き上がった彼は、女性に向かい頭を下げた。


「無礼なことを言った。まだ軽口を利ける仲では無かったな」

「……私も悪かったわ」


 謝られるとは思ってもいなかった。

 だから彼女はすんなりと彼を許した。


 何となくだが……彼が選ばれた理由が分かった気がする。

 話に聞く限りではあるが、"似ている"と思えたからだ。


「その子の父親」

「ん?」

「その子の父親は……ある女性を連れて出て行った。西へ行って二度と戻らなかった」

「そうか」

「でも今西に行くのは危険よ。シャーマンは乱暴されて殺される」

「そうか」

「その子は本当に大切な子なの。だから決して死なすことが出来ない」

「奇遇だな。俺も同じ気持ちだ」

「そう。なら護ってあげて」

「分かった」


 女性はその足を動かし、影の中へと入って行く。


「レイラ」

「ん?」

「その子の母親の名前よ」


 言葉だけを残して彼女は消えていた。

 ミキが斬って捨てた死体と共に綺麗にだ。


「ミキ」

「大丈夫だ。心配するな」

「……うん」


 不安げに頷く少女をミキは優しく抱き寄せた。




 カルタクムで二泊して隊商は最終目的地へと向かう。

 マルトーロの東部最大の街へだ。




 またガタガタと揺れる荷台の上で、レシアは自分の膝を抱いて座って居た。

 頭の上では七色の球体が躍る様に動いているが今は完全に無視だ。


 その様子を荷を背負い歩き続けるミキは事あるごとに見ていた。

 今まで一度として気にして来なかった両親と言う存在を知り……混乱しているのだろう。

 根が素直なだけにこうなるとなかなか抜け出せない。


 だから今は余計な言葉を告げるようなことはせず、ミキは黙って待つことにした。

 何より彼女は、"大"が付くほどの馬鹿者だ。考えることなど直ぐに飽きる。




「ミキ」

「ん?」

「……」


 いつも通りの天幕。その中で二人きりで横になっていた。


 七色の球体は天井付近に付けた木製の輪っかに留まっている。

 寝返りをうつ度に下敷きにしてしまうのがしのびなかったから端材で作った物だ。


 ミキの体にしがみ付く様に纏わり付いて来るレシアは、自分の顔を相手の耳元に寄せる。


「両親って……」

「会ってみたいか?」

「えっ? いえ……あっでも……何でも無いです」


 シュンとする彼女の頭を優しく撫でる。


「会いたいんだろ?」

「……」

「それならそれで一緒に探せば良い」

「でも」

「でも?」

「私ばかりで……ミキに」


 彼女が何について悩んでいたのかミキは知った。そして悔いた。

 自分もまだまだだと痛感する。


「構わんよ。お前の両親を探そう」

「でも」

「良いんだ。それに俺には両親は居ない。強いて言うならあの飲んだくれの老人二人が俺の親だ」

「ミキ……」

「良いんだ。だからお前がそんな風に思わなくても良い。会いたいんだろ?」

「……はい」

「なら探そう。それにあの女も探せと言ってたしな」

「良いんですか?」

「ああ」

「ありがとうございます」


 ギュッと抱き付いて来る彼女の頭を優しく撫でる。

 これでもかと柔らかな胸を押し付けられて……ミキは深く息を吐いた。


「それに俺もお前の親に会ってみたい」

「何でですか?」

「どうやったらお前みたいなのが生まれて来るのかと思ってな」

「ミ~キ~。今のは絶対に悪口ですよね!」

「褒めては無いな」

「このっこのっこのっ」


 ポカポカと殴って来る相手の手を制して、ミキはそっと彼女を抱きしめてキスをした。




(C) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る