其の拾
道中色々とあったが、無事に目的地手前の街まで来た。
東部からの玄関口。草のマルトーロ王国の"カルタクム"だ。
「ミキ~?」
「どうした」
「ここって街なんですか?」
「ああ。聞いた話だとな」
「……でも塀も壁も無いです」
ガタガタと揺れる荷台の上から身を乗り出して前を覗くレシアと、その横で荷を背負い歩くミキ。
二人の視界の先に見えるのは、こんもりとした丘とその手前に見える白い天幕だけだ。
「何でもこの辺は、俺たちの知っている"街"を作らないらしい。基本はあんな感じの天幕で、主な産業は牧畜だ」
「へ~」
「特に馬に関しては大陸一の産地で、国民の大半が馬を操れるとか」
「凄いですね」
彼の説明を受けながら、レシアは自分の中の感覚を研ぎ澄ます。
目には命の色が溢れ、耳には生き物たちの声が届く。
「この国は良い国です」
「……お前みたいな動物好きにはそうかもな」
「その言葉に棘を感じます」
「ああ。確か食事の大半は羊の肉だと聞いたぞ」
「羊ですか? まだ食べたことが無いから楽しみです!」
一気にテンションを上げたレシアが荷台の上でクルクルと踊りだす。
何かあれば食べ物で解決するから楽は楽だ。
ミキは背負う荷の位置を直して前を見た。
ここ数日、歩き続けたことでだいぶ足の鈍りは減って来た。
長い棒を振るうことで上半身の方もだいぶマシになった。
それでも彼女らが見せたあの動きに対する対処法は見つからない。
今襲われれば……確実に倒されてしまう。
「ミキ~」
「どうした?」
「早く羊が食べたいです」
「……その辺のトカゲでも食ってろ」
「あれは不味かったじゃ無いですか! 虫も!」
「止めたのに焼いて食おうとしたのはお前だぞ?」
「……あれです。ミキはもう少し強く私を止めるべきです」
「なら羊の肉はお預けな」
「ミキの馬鹿~っ!」
パチパチと爆ぜる薪を見つめながら、ミキは腰に差している刀を抜く。
ハッサンが鍛えたミスリル製の刀は、本当の意味で鍛冶屋泣かせだ。
刃こぼれ一つ、曇り一つ見せないそれを……ミキは正眼に構える。
相手が速く動くのならこちらも速くと考えもしたが、相手が人外の速度で動けば反応するのは無理だ。
だから考え方を改めた。
自然と体を動かして刀を振るう。
その様子を見つめているレシアは、ブラブラとさせている足でリズムを取る。
彼の動きは常に正確だから音を刻むのは簡単だ。だがその音で踊るのは難しい。
緩急のキレが全く違う。
見ていれば分かるが、足の動き一つでも他の人とは違う。
足首が柔らかいのが分かる。だから常に足の裏が全体で地面を捕らえている。足の裏の固定があるから容易に踏ん張ることが出来て上半身を振り回せる。
ん~っと唸って、レシアは自分の足をプラプラと動かした。
柔らかさなら負けないはずだ。
彼に教えて貰って色々な関節を柔らかくする運動を覚えた。
なら何が違うのか?
自分が彼の様に動けば、足元を滑らせてしまう。
意識して足の裏で地面を捕らえているのにだ。
ジッと見つめてレシアはそのコツをどうにか盗もうとしていた。
それは見られてているミキも気づくほどに。
彼女の目が足元を見ていることに気づいている。だがブーツの中までは覗けない。
踏ん張る時に最も重要なのは、足の指だ。
五指を広げて確りと踏ん張るから耐えられる。
けれどわざわざ教えてやる気も無い。
技は盗む物だと言われて来た。
何度も木刀で叩きのめられても、必死に食らいついて盗んで来たのだ。
だから教えてやる気にはならない。努力して得ないものはその人の血肉にはならないからだ。
と、ミキは懐に手を走らせて投げナイフを掴む。
柵の上に座って居たレシアは、前に倒れるように身を乗り出してコロンと地面の上を転がった。
「ぐっ!」
「何だ。人間か」
彼女を背後から襲おうとしていた人物は、突然のことで反応が遅れた。
捕まえたと思った瞬間……獲物である少女が視界から消え、代わりに飛んで来たナイフが肩に刺さったのだ。
「あう~。折角綺麗にしたのに」
「またあとで洗えば良い」
「ん~」
傍まで逃げて来たレシアの頭を軽く撫で、ザラザラとした砂の感触に渋い表情を見せる。
人間相手ならミキもレシアも後れを取ることは無い。
「で、何の用だ?」
「その女を貰おうか」
「断る。今なら見逃してやるから消えろ」
「……やれっ!」
わっと物陰に隠れていた男たちが飛びかかって来る。
街に入ったことで隊商は誰もが宿屋に宿泊している。
と、言っても大きな天幕に全員で雑魚寝の様な感じでしかないが。
ミキに甘えたいレシアとしてはそれはつまらないと、早々に自分たちの天幕を張れる場所を聞き出し二人で過ごす方を選択した。
結果がこれだ。
「全く。お前が何かするといつもこうだな」
「私が悪いんですか?」
「……まあ止めなかった俺が悪いんだろうな」
会話をしつつもミキの刀が動く。
死体を四つほど作ったところで、また懐からナイフを取り出し投げた。
「ぐふっ!」
「逃げるなよ? 誰に雇われたかぐらい……なあ?」
逃げようとした背後から二度目のミキのナイフを男が、地面に倒れて動かない。
倒れた時に不可解な痙攣を見せていたが……近づいたミキはそれを理解した。
彼の頭が消失していたのだ。
(C) 甲斐八雲
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