其の玖

「そんな理由で相手にされないのは正直どうかと思うけど?」


 一途と言えばそれまでだが、若い割には性欲が無いのかとミキのことを心配になった。


 ただ口の中に押し込まれた球体が取れずに地面の上を転がっていたレシアが、これでもかと表情を崩してデレデレしているのを見ると、これはこれで色々と心配になって来る。


『こんな二人に任せて本当に良いのか?』と。


 笑顔以外の表情……呆れ果てた様子でため息をついた女性は、そっと自分の右手をミキに向けた。


 その手の平には七色の球体が。


 スッと視線を動かしたミキは、レシアの口から七色の球体が消えていることを確認した。


 やはり速すぎる。


「時でも止めているのか?」

「ん~? そんな力は無いわよ。私たちはただ速く動けるの」

「速すぎるだろう?」

「ええ。だから何度も使えない。複数回使えるのは若者の特権よ」

「ならあのババアを退治するには持久戦に持ち込めば良い訳か」

「最初の一撃で胴と頭が別れてなければね」


 またクスクスと笑いだした女性は、手に持つレジックをレシアの胸元にねじ込んだ。


「少しは大切になさい。それが自分の意志で付いて来てくれたから良かったけど、最悪はまた東部まで戻って探さなくちゃいけなかったんだから」

「何の話だ?」

「こっちの話よ。でも"蛇"には会ったみたいだから……後二つ探しなさい。言えるのはここまで」

「そうか」


 ズカズカと歩いて来たミキは、地面に転がったままのレシアを起こして座らせると、自分も彼女の隣に腰を下ろした。


「それであと聞けるのは?」

「ん~。そうね……何が聞きたいの?」

「何故俺が"ここ"に居る?」

「それは一番答えられない質問ね。ああでも一つだけ教えてあげる」


 ニタ~っと嫌な笑みを浮かべて彼女は口を開く。


「貴方がどう頑張っても勝てないあの人は……"こっち"に居ないわ。呼べなかったみたい」

「そうか」


 気にした様子もなくミキは適当に薪を焚火の方へと放り投げた。


「……驚かないのね?」

「あれが来てたら大暴れしているはずだ。つまりそう言うことだ」

「そうなの? 長老たちは悔しがっていたけど」

「そうか」


 笑う女性は、ゆっくりと二人に対して視線を向けると、ふぅっと息を吐いた。


「本当に色々と制限されていて話せないの。悪いわね」

「いや。拾えた話だけでも十分だ」

「そう言って貰えると助かるわ」


 ミキは懐から葉っぱで包まれた物を取りだすと、それを開いて枝を手にする。


 何かの時の為にと残しておいた肉だ。


「あら? お肉の焼ける匂いを嗅ぐと興奮しちゃうのよね」

「なら口で息をしろ」

「……興奮を慰めてくれないの?」

「興味が無い」

「あっそ」


 もう諦めたと言わんがばかりに女性は立ち上がった。


「なら私はそろそろ消えるわ。このまま北に向かうなら問題は無い。でも"あれ"には見つからないで」

「そうなるとお前たちが苦労するからか?」


 図星を突いて来る言葉に、女性は苦笑染みた笑みを浮かべる。


 これでもかと彼のことをけなしていた祖母が評価していた所が、彼の洞察力と頭の回転の速さだ。


「ええそうよ。だから中央草原には……時期が来るまでもう来ないで」

「分かった」

「それと……寝る前に食べると太るわよ?」

「だそうだ。レシア」

「うぐぐぐ」


 枝に付けた肉を焼くレシアは、その言葉と二人の冷たい視線を無視した。


 色々と問題の多い"巫女"であるが、女性はレシアのことを気に入った。

 彼女が纏っている匂いが悪く無いからだ。


「最後に」

「ん?」


 だから最後に出来る限りの助言を口にする。


「その子の"父親"を探しなさい」

「レシアの?」

「ええ。それを追えばきっと全てが繋がるはずよ」


 クスクスと笑い……女性は影へとその体を溶かしていく。

 まるで同化するかのようにだ。


「次にお祖母ちゃんと会う時までに強くならないとね。もし無理だったら……私が慰めてあげる」

「遠慮被るよ」


 イラッとしたレシアが七色の球体を投げようとしているのに気付き、ミキは黙ってそれとパンとを入れ替えた。


「ではまた……ね」


 影の中へと消えた彼女は、本当の意味で姿形を無くしていた。


 最初から気配など無かったから後を追うことも出来ない。

 否、気配を追えても追いつくことなど不可能だろう。


「四本足には敵わないよな」

「ですね」


 焼けた肉を頬張ろうとしているレシアに軽く手刀を入れ、ミキは奪った肉を彼女が持つパンを割って挟んだ。


「ほら」

「……」


 ジッとパンを見つめたレシアは、それを二つに割る。

 小さな方をミキに差し出すと、クスッと笑った。


「こっちは口を付けて無いから大丈夫です」

「ったく。今思い出すと腹立たしいよな」

「何で? いい思い出じゃ無いですか!」


 あの日、今宵と同じ月の綺麗な夜に彼と出会った思い出を全否定されたレシアのショックは計り知れない。


 半分のパンを受け取ったミキは、齧って咀嚼してから飲み込んだ。


「こんな薄い味の侘しいパンじゃ無かったのに」

「不満は何ですか? 何が不満なんですか!」

「お前にパンを盗み食いされたのが出会いって……それはそれで人に言えるような出会いのしかたじゃ無いよな?」


 レシアの目が全力で泳いだ。


「もう少し気の利いた出会いが出来なかったのかと」

「……良いんです。あれはあれで私らしいと」

「認めるんだな? 食いしん坊だと」

「おおう……良いですよ。私は食いしん坊です」


 開き直ってガツガツとパンを食べ出した彼女を見つめて、ミキは笑いながらそっと相手を抱き寄せた。




(C) 甲斐八雲

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