其の捌
怒った鳥にパンを半分ほど食われたが、レシアは新しいパンを懐から取り出してまた炙る。
残っているパンを齧りながら……はふっとため息をこぼす。
正直に言えば、何をどう頑張れば良いのか分からず途方に暮れていたのだ。
自分が頑張ればきっとミキも頑張ると思っていた。予定通りそうなった。
でも自分には踊りしかない。彼の様に戦うことは出来ない。
またあの老婆と出会いでもしたら……そう考えると胸の奥がギュッと押し潰されそうなほど痛くなる。
悲しくて辛い気持ちが溢れて来て、視界がぼんやりとなる。
ギュッと自分の膝を抱き締め、太ももの上に居た球体が足と胸とに挟まれ必死にもがくが今は無視した。
苦しいのだ。とにかく胸が苦しくて……何より息苦しい。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
辛くてポロポロと涙が溢れて止まらない。
声を上げて泣きたいが、場所が場所なだけに我慢する。
本当に辛い。辛すぎる。
と……レシアは自分の隣に暖かさを感じた。
人の温もりだ。
顔を上げて視線を向けたら……
「初めまして」
見ず知らずの全裸の女性が居た。
「誰ですか?」
「ん~。名前はまだ無いの」
「ふへ?」
「いつか名前を貰えると思うけど、今はまだ"名無し"なの」
クスクスと笑う彼女は、レシアから見て彼と同じくらいの齢に見えた。
引き締まった四肢を持ち、大きな胸を晒している。その野性味溢れる顔立ちは隙が無くて美しい。
笑い続ける彼女は、そっと手を伸ばしてレシアの胸元に突っ込んで来た。
「いい加減にしないと潰れるわよ?」
「……大丈夫です」
間違って踏んでも元気な鳥だ。これぐらいで潰れるとは思わない。
「出来たらぞんざいに扱わないで欲しいかな。これでも一応神格を帯びた存在だから」
「……小さい鳥ですよ?」
「この子は成長してから齢を追うごとに小さくなるのよ」
「へ~」
「……これでも数百年は生きてるはずよ」
救い出された球体は、その小さな翼をプルプルと震わせてレシアに向かい威嚇していた。
見てて可愛いだけなので、話をする美人が自分の頭の上に乗せた。
と、そこでレシアは気付いた。
「それで貴女は誰ですか?」
「名前を聞いてる訳じゃ無いわね?」
コクコクと頷く彼女にクスクスと笑う。
「うちのお祖母ちゃんが脅し過ぎたんじゃないのかと思ってね。年寄りは説教臭いし『自分の若い頃は……』とか言い出して無理難題を押し付けて来るから……大丈夫だった?」
「大丈夫……じゃありません」
「そうね。そんな感じね」
またクスクスと笑い、女性はそっと手をレシアの頬にあてた。
「涙……まだ乾いていないものね」
「はい」
「ん~。詳しくは話せないからあれだけど……」
少し悩んで彼女は根本的な部分に気づいた。
「どうしてこの場所に来たの?」
「北部へ向かう途中です」
「そっか。偶然通り道だっただけか」
何か納得したのか、彼女はうんうん頷くとレシアの顔を見た。
「出来たらまだここには来て欲しくないんだ。私たちの一族は穏健派だけど、過激派な一族も居るから」
「はあ」
「貴女が来たことを理由に、今無茶をされると本当に取り返しのつかないことになっちゃうから。出来たらもうしばらくはこの場所に来ないで」
「はい」
「でも西の人たちが騒いでいるから、あの人たちが来る前に来てくれると嬉しいかな」
「そうですか」
「……私の言ってる言葉を理解してる?」
フルフルとレシアは顔を左右に振った。
これでもかと優しい笑顔を見せた女性は、レシアの耳を左右に引っ張った。
「にゃふんっ! ……痛いです」
「もう少しは頭を使いなさい。はぁ~どうしてこんな子が選ばれたのかしら?」
「選ばれた?」
「ん~。これ以上はまだダメかな。そう言う訳で後ろのお兄さんも物騒な物から手を放してくれる?」
笑い続ける女性の背後……三歩踏み込めばその頭を断ち切れる場所に居たミキは、左手に持つ刀から右手を離した。
「そうそう。私はお祖母ちゃんと違って脅迫染みたことは、今はしないから安心して」
「なら聞きたい。お前たちは一体?」
「ん~。これは大丈夫かな? 私たちは聖地に住まう一族。あの場所を守護する存在って言えば聞こえは良いけど、実際は普通の場所に住めないからあの場所を間借りしているだけ」
クスクスと笑う女性に対し、警戒したままの彼……ミキが歩み寄って来た。
「普通の場所に住めない理由は、その体か?」
「あら? こんな姿を男性に……もうお嫁に行けないわ。責任を取って貰ってくれる?」
「ダメですミキはっ! もごっ!」
「大きな声はダメよ。他の人が起きちゃうから」
丸い球体を口の中に押し込まれたレシアは沈黙する。
物音一つ立てずに行ったそれは、早業と言うか……その動きが速すぎて目で追えないのだ。
豊満過ぎる胸元を抱える様にして隠した女性は、艶やかな視線をミキに送る。
もご~っと暴れるレシアをよそに、彼は冷めた目で彼女を見ていた。
「……実は胸の大きな女性は嫌い?」
「いや。ただお前に興味が無いだけだ」
「うわっ! 今まで生きてきた中で上位に入る酷い言葉っ!」
「そうか。悪いな」
「普通の男性ならこの体を見れば盛った獣の様に興奮するんだけどな」
「そうだろうな」
「……私って魅力ない?」
「その辺で転がって寝ている野郎共なら一目見れば襲いかかるんじゃないのか?」
「ならどうして?」
魅力がない訳では無いと知って彼女は逆に興味を覚えた。
祖母が『あれはダメだ』と言った人物に。
「惚れた女がそこに居るのに、よその女に興奮する訳が無いだろう?」
馬鹿正直な返答に、違った意味で祖母の言葉が正しいと知った。
(C) 甲斐八雲
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