其の拾弐
カルタクムを出て一日……ここに来て隊商の全員がそれに気づいた。
大トカゲの襲撃を受けてから一度としてトカゲや昆虫に襲われていないと言う事実だ。
ミキはその理由を何となく分かっていたが、理解していないレシアは他の者たちと一緒に首を傾げている。
レシアが言うには近くに接近して来るのを感じているのだが、ある程度近づくと気配が消えるそうだ。そこまで理解しているのなら答えなど分かりそうなものだが……それ以上を望むのは彼女に対しては荷が重すぎる。
「ミキミキミキ」
「自分で考えろ」
「……まだ何も聞いてませんよ?」
「聞かないでも分かる」
「何が分かるんですか~」
拗ねた様子で唇を尖らせる相手に、ミキは呆れながら前後に振っていた長い棒を置いた。
「どうして襲われないのかって話だろ?」
「……凄いです。やっぱりミキです~」
キャッキャッと喜んで抱き付いて来た相手を引き剥がす。
「汗で濡れるぞ」
「ミキのなら良いです~」
「全く」
こんな馬鹿を警護する彼女らは本当にどんな気分なのだろうか?
抱き付こうとして必死に詰め寄るレシアと、そんな彼女を突き離そうとするミキの攻防はしばらく続いた。ただ無駄に運動神経の高いレシアは、彼の腕を掻い潜って抱き付いて来る。
うりうりと胸板に顔を擦り付けて来る相手に呆れつつもその首根っこを掴んで引き剥がした。
「いい加減にしろ」
「も~。私はミキに甘えたいだけです」
「毎晩抱き付いて寝ている奴がそれを言うのか?」
「あれはあれです。これはこれです」
ジタバタと暴れるので開放すると懲りずに抱き付いて来る。
先日、両親の話をしてからと言う物……そこでミキは思考を止めた。
分かりやすいぐらいのことだった。
彼女は彼女なりに気を配っているのだ。配り方が下手であっても。
「なあレシア」
「何ですか?」
「別に気にしなくても良いぞ?」
「……何がですか?」
「俺には会える両親が居ない。それはどう頑張っても覆りはしないのだからな」
「……」
「だから気にしなくても良い」
気にされる方が辛い。
ミキは心の中で苦笑する。
何故ならば自分はこの世界に連れて来られた存在らしいからだ。
今までの話を総括すれば、そう考えるのが妥当だ。
だから誰も自分の親など知らないはずだ。
それに、
「ほら。お前の服も汗で濡れてしまったじゃないか。今日はもう着替えて寝よう」
「……はい」
素直に従い離れたレシアは、いつもの天幕へと入って行く。
ミキは軽く頭を掻いてから、何とはなしに近くに在る影に向かい口を開いてみた。
「今夜……出来たら話したい」
独り言にしては大きな声であったが、彼はその言葉を残して天幕へと向かう。
ただその陰から『クスクス』と笑い声がこぼれていた。
「やはり居たのか」
「ええ勿論」
「大変だな?」
「あの子がこんなに早くこの場所に来るとは思っていなかったのよ」
焚火に薪を放り込んでいたミキは、影の中から現れた女性に一度だけ視線を向けた。
「服を着るって文化は無いのか?」
「無いわね。そもそもどうして人は服を着るの?」
「色々と意味はあるんだろうけどな。そう言われると不思議だな」
「自分でも解らないことを押し付けないで欲しいわ」
隣に来た彼女はゆっくりと地面に座る。
僅かに手を伸ばせば触れ合える距離でだ。
「近いな」
「この状態だと流石にね。夜は冷えるわ」
「だったら何か着ろ」
「要らないもの。本来の姿なら」
「そうか」
適当に薪を掴んで追加する。
一瞬火力が弱まるが、火を得た薪はバチバチと音を立て始める。
「優しいのね」
「普通だろ」
「そう。それが普通なら貴方は優しい人よ。だから私と二人で会うのでしょう?」
クスクスと笑う女性は、その魅力的な大きな目を彼に向ける。
吸い込まれてしまいそうなほど深い緑色をした瞳だ。
「私が知る限りではあの子の父親は生きていない。母親もたぶんね」
「だろうな。レシアはガンリューと名乗る老人と二人で東部に来た」
「ガンリューさんか。懐かしい」
「会ったことがあるのか?」
「ええ。まだ私が幼い子供の頃にね。優しいお爺さんだったわ……長い棒を携えて、棒を二つ組み合わせた物を首からかけていた」
「二つの棒?」
「ええ。長いのと短いのをこんな感じに」
そっと指を二本交差させた彼女は十字を作る。
それを見たミキは黙って知識の奥の方を掘り返して答えを見出した。
「そういう事か。ならあの話は……なるほどな」
「何か解ったの?」
「昔の謎が解けただけだ。あまり意味は無い」
「そう」
爆ぜる薪を見つめてミキはそっと息を吐いた。
「この世界には俺の様な者は何人いる?」
「さあ?」
「……」
「教えられないじゃ無くて分からないのよ」
「分からない?」
「ええ。この世界は……他の場所から人を呼び寄せる性質がある。その性質に干渉して長老たちは強い者を呼ぼうとする。結果として自分たちでも御せない者すら呼び寄せる」
その言葉では納得できない部分がある。
ミキは一応質問してみることにした。
「ならどうしてこの世界はまだ平和なのだ?」
「人同士の殺し合いならどこでも起きているわ」
「言えないってことか?」
「頭の良い人は好きよ。説明が簡単で済むから」
クスクスと笑った女性は立ち上がり、その手をミキに伸ばした。
頬に触れたと思った瞬間、目には見えない速さで彼女の顔が目の前にあった。
押し付けられた物が離れ、チロリと唇を舐められる。
「あの子にはどう言い訳するのか見ものね」
咄嗟に腰の後ろへ手を伸ばしたが、相手ははるか後方の影へ移っていた。
クスクスと笑いながら消える相手を見つめて……ミキは頭を抱えた。
天幕から立ち昇る気配は、冗談にならないものだったからだ。
(C) 甲斐八雲
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