其の弐
「ミキ。もう良いですよ」
「分かった」
ぴょこっと天幕のつなぎ目から顔を出した彼女に誘われて中に入ると、全裸姿にまず呆れる。
「何か着ろ」
「寝る時に着る服が行方不明です」
「今朝は着てたよな?」
「はい」
ならば天幕を纏めた時に一緒に混ざったのだろう……ミキは天幕の中を見て回り布の中に挟まっている物を見つけた。
「ほら。あったぞ」
「うりっ」
「……何がしたい?」
抱き付いて来た相手に押し倒された彼は、相手の濡れている頭を軽く叩く。
ムスッとした表情を浮かべたレシアは、それでも頬を擦り付けて来るとギュッと抱き付くのだ。
「重いぞ」
「……っあぁ! そんな言葉に負けたりしませんっ!」
「勝ち負けでなくて少しは食べるのを控えろ」
余りの正論に彼女はブスッとした体を離して彼の上に座った。
ミキは手にしていた服を差し出し着るように促すと、渋々といった様子で彼女は着た。
「で、何がしたかったんだ?」
「今日聞いたんです」
「何を?」
「えっとほら……最近ミキが暗いので、他の女の人たちに『どうしたら元気になりますか?』って聞いたら、『裸で抱き付けば直ぐにでも元気になるわよ』って」
話を聞いた相手が悪かったのかもしれないと悟った。
この隊商にはレシア以外にも女は居る。
商人や護衛の家族であったり、買った奴隷であったりもする。
前は護衛の相手をする為の女も居たらしいのだが、病気が広まって大変な事態に陥ったことがあるらしく、それ以降使い回しはしなくなった。
実際この隊商に居る女の大半は、男の相手をする者が多い。
だから余計な知識を吹き込んだのだろう。
「髪を拭け」
「むにゅ~」
乾いた布を投げてやると、それを受け取った彼女は傍に座り頭をゴシゴシと擦り出した。
不機嫌な様子が手に取るように解る相手に、ミキは苦笑しながら体を起こした。
まず後ろ腰に差したままの十手を外す。十手は刀と共に入り口の傍に置き、懐に隠している投げナイフは寝床の傍に置く。上着を脱いで上半身を晒すとレシアが使っていた布で汚れを拭う。
と、髪を拭いていた彼女の手が背中に触れた。
「まだ血が滲んでますね」
彼女は不安げに左肩に巻かれている白い布を撫でる。
「四本も鎌を持っているのに飛ぶなんてズルいだろう?」
「でも普段のミキなら避けてました」
「買いかぶり過ぎだよ」
「でも周りの人がビックリするくらい強かったですよ?」
「それでも怪我はしたんだからまだ弱いんだよ」
答えながら体を拭こうとするが左肩が突っ張って違和感を感じる。
やりづらそうにしている彼に気づいたレシアは、何も言わず彼の手から布を引っ手繰ると黙って拭き出す。らしくない姿を見る回数が増えている事実に彼はため息を吐く。
「まだまだ弱いんだよ」
「そんなこと」
「弱いからこうやって引き摺ってるんだ。吹っ切れずにな」
「……」
拭き終えた布を木桶に戻して、レシアは彼の正面へと回り込んだ。
「ミキ」
「ん」
「……」
パクパクと口を動かし言うべき言葉を見つけられないレシアは、む~っと唸って両手を振るう。
人一倍気配に敏感な割には考えが足らない相手は、それでも困っている人を放っておけない優しい人なのだ。
彼女の性格をよく理解しているから、何も言わずに相手を抱きしめた。
「はにゃ~」
「頭を洗いたいから手伝ってくれるか?」
「……はい」
頬を真っ赤にさせた彼女はその言葉に従い、余分に濡らした布で相手の頭を擦る。
少し物足らないくらいに丁寧に擦られ、ついで乾いた布で拭かれる。
一連の作業を終えて、レシアの手を借りて服を着替えた。
「しばらくあの蟷螂とは出会いたくないな」
「そうですね」
ピタッと張り付いて来る彼女の頭をミキは優しく撫でる。
「ミキ」
「どうした?」
「私ならいつでもあれです。えっと膝を貸すのでその……」
「膝だけか?」
ハッとして両胸を押さえ少女が頬を膨らませる。何も身に付けていない状態を見られるのには抵抗が無い様子だが、触れられるのは何故か意識してしまうようになった。
太って膨らんだとからかい過ぎたのが原因かと、彼も内心で反省する。
「あれです。ミキがどうしてもって言うなら……その……」
「恥ずかしいなら無理するな」
「無理なんてっ」
「お前は普段通り、いつも通りで良いんだ。そうしてくれないと俺の調子が狂いっ放しになる」
「……」
「レシアはいつものレシアで居てくれよ」
「……本当ですか?」
「ああ」
「……にゃ~ん」
許しが出たとばかりに彼女は抱き付き彼の唇にキスをすると、いそいそと体を動かしてミキの膝を枕にする。
ん~っと嬉しそうな笑顔を見せるとスリスリと頬を擦り付けて来る。
「お前がその体勢だと俺が寝れんのだが?」
「眠りたくなったら言ってください。その時はミキに抱き付いて寝ます」
「甘えが凄いな」
「……いつも通りですよね?」
「子供の所業としか思えんがな」
「む~」
「で、そろそろ寝たいんだが?」
「速くないですか? も~」
体を起こす彼女の横に寝転がると、レシアはうりうりと体を押しつける様に抱き付いて来た。
「ん~。ミキの鼓動が心地良いです」
「そんな物か?」
「はい。この隊商に加わってからは、夜になると周りの天幕から男女の変な声ばかり聞こえて来てっ」
「良いから黙って寝ろ」
「む~。ミキが聞いて来たのに~」
拗ねた様子を見せつつも彼女は嬉しそうに顔を押し付けて目を閉じた。
(C) 甲斐八雲
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