其の弐拾捌
「ミキ」
「何だよ?」
「良いからこっちに来て下さい」
ベッドの上に座るレシアが、自分の横をバンバンと叩いた。
格安で借りている部屋だと言うのに、日々掃除までして貰っているお蔭でベッドを叩いても埃などが激しく舞ったりしない。
む~っと軽く唸り睨んで来る相手に、やれやれと肩を竦めてミキは隣に腰を下ろした。
「それで何だ?」
「……ミキはあれです。いつもいつもいつも」
「だからっ」
伸びて来た彼女の手が、ミキの肩を掴んで引き倒そうと必死になる。
軽く抵抗をしたが相手が諦める気配を見せないので、彼は折れて体を相手に預けた。
「ちょっ!、 どこに頭を預けてるんですか!」
「だから倒れないように抵抗はしたが?」
「あ~も~っ! 不思議と私が悪者になるのが納得いきません!」
隣に座って居る彼を抱き寄せたら、胸の谷間で相手の頭を抱きかかえる格好になってしまった。
裸を見られるのよりも恥ずかしい気持ちになったレシアは、あたふたとしながら自分から少し動いて相手の頭を太ももで受けた。
「それで何だ?」
「……」
彼の目を覗き込もうとするが、微妙に視線をずらされて確りと見ることが出来ない。
確実に目を、その先に見える相手の意識を覗き込まなければ思考は見えない。
正面から見れれば多少距離が離れてても覗けるのに、相手はこちらの視線をどんな距離からでも自然と避ける。
「む~っ!」
「無駄なことは止めておけ」
「どうして見せてくれないんですか?」
「だから言ってるだろう? 見られたくない物もあるんだ」
彼女の頭に手を伸ばして優しく撫でるが、レシアはその手を払い除けた。
らしくない行動にミキは覗かれる可能性を感じつつも相手に目を向ける。
覗かれる心配は無かった。
大きな可愛らしいその瞳は……涙に潤んで水滴をこぼしていた。
「レシア?」
「……そんなに悲しい空気を纏わせてもですか?」
「……」
「それでも私には何も言ってくれないんですか?」
小さな肩を震わせて……レシアはボロボロと涙をこぼし続ける。
その様子にミキは、相手に対しての"嘘"には限界があることを知った。
「ヒナのお父さんはな……俺が一番知りたかったことを教えてくれたんだ」
全てを話すには抵抗がある。それこそ"全て"を話さなければいけないからだ。
彼女は信用も信頼も出来るが、自分の"秘密"を打ち明けることで彼女が本来持つ天真爛漫な行いを失わせるようなことはしたくない。
どうにか交わした『約束』でさえも、彼女からすれば足かせになっている節すら見える。
だからこそ語るべき言葉を選び伝えるしかない。
「俺はその"人"がどうなったのかを知らなかった。いやきっと"そうする"と分かっていたんだが……それでも結末は知らなかったんだ」
「……」
「思った通りだった。あの人は……自分に刃を突き立ててな」
不意にミキの言葉が詰まった。鼻の奥がツンと痛んだのだ。
我慢出来ると思っていたのは、それを前の世界の家臣だった宮田から聞いたからだ。
他者の話だったから心の何処かで待ち構えて聞くことが出来た。
でも今は……
すると話を聞いていた彼女が動いた。
体を前のめりに倒してギュッと抱き付いて来る。
「ごめんなさい。悲しいことを無理に」
「良いんだ」
「でも……」
「良いんだ。俺はたぶん何か切っ掛けが欲しかったんだ」
自分を納得させる為の切っ掛けが。
自分に理解させる為の切っ掛けが。
ミキは全てを見て来たクベーからは事の次第を聞いた。
介錯を終え屋敷に戻った彼が見たのは、使用人たちが掃除を進める中庭だった。
断りを入れて確認をする。
普段は夫婦が使っていた部屋で静かに寝かされていたのは、血の気を失い人形の様な表情を見せる変わり果てた主の妻の姿だった。
約束を違えたと痛感しつつも彼は、最後まで務めを果たした。
主の妻であった彼女は主と同じ場所に埋葬することが出来ず、彼女の実家の墓へ入れることが決まった。
桶に入れられ運ばれて行くその姿を見送り、彼は身の回りを整理し文をしたためてから腹を斬ったそうだ。
話を聞くまでも無かった。
最初から分かり切っていたことだった。
約束し誓い合ったのだから。
『死する時は一緒に』と。
あの頑固者が約束を破るなんてことは絶対に考えられない。
だからこそ全て分かっていたのだ。
「ミキ?」
「……」
「良いんですよ。泣きたい時は泣いたって」
「……」
「私はいつもミキが傍に居てくれるから、安心して泣く事が出来ます。ミキは私の傍では泣けませんか?」
涙で濡らした顔で、まだ鼻をグズグズ言わせながら……レシアは抱きしめる相手にそう語りかけた。
分かっている。相手がどんなに強いのか……それでも彼女は語り掛けた。
「泣くことは恥ずかしいことじゃ無いですよ」
「昔に……同じことを言われたな」
「ん?」
「こっちの話だ」
腕を伸ばして抱きしめている彼女の手を外し、ミキはクルッと体勢を入れ替えた。
相手の太ももに顔を押し付け……後は気持ちが治まるまで感情のままに。
レシアはただそんな相手の背中をずっと撫で続けた。
今の自分に出来ることはそれぐらいだと理解しているからだ。
(C) 甲斐八雲
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