其の弐拾漆
はったりのつもりで言った言葉の後始末に一日以上も費やし、ミキは頭を掻いてテーブルに突っ伏していた。
込み上がって来る疲労の原因は気疲れだ。
ついさっきまで街の商人たちから『王都との交渉役を是非!』と懇願され続けたのだ。
どうにか断りを入れ、交渉役はハキレとする様に強く推した。
自分の弱さを知り、それでも街の人を護ろうとするのは余程の覚悟が無ければ出来ない。きっと交渉で王都に出向いても彼ならその大役を無事に務められるはずだ。
「ミキ~? お疲れですか?」
「見れば分かるだろう」
「……言葉がとげとげです」
プク~と頬を膨らませて相手に、ため息一つで全てを誤魔化し彼は顔を上げた。
「何か用か?」
「……これ」
「栗か?」
「知ってるんですね」
「ああ」
彼女から手渡されたのは、身が詰まった栗だった。
ちゃんと火が通っているのか、齧って殻を破ると中から身が零れる。
「うん。悪く無い」
「美味しいんですか?」
「食べたことは無いのか?」
「初めて見ました。ハナさんの家でとげとげの中から取り出すのを手伝ったんですが……『食堂で一緒に食べましょう』と勧められて」
「そうか」
半分ほど齧ってしまったが、そんな些細なことを気にするような相手では無い。
熱い視線が注がれている時点で、全部食べてしまう方がきっと問題になる。
「食べかけだっ」
「いただきます」
素早い動きで掌の上から栗を強奪し、レシアがその殻に齧り付く。
殻ごと食べ始めた彼女が数度噛み締めて全身を震わせた。
「うみゃらみぃにゃ~」
「中の身を食べる物だ。殻ごと食う奴なんて初めて見たわ」
一度掌の上に戻した栗を今度は綺麗に解体し、中身だけを食べる。
「ほんのり甘くて美味しいです」
「ああ。昔は良く食ったな」
「そうなんですか?」
「……練習だと言われて栗の木の下に立たされてな」
「うんうん」
「思いっきり栗の木を蹴られるんだ」
「へっ?」
「頭の上から鋭い棘の栗が降って来てな」
「いや~」
想像していた食べ物の話では無かったので、レシアは耳を塞いで逃げ出した。
丁度厨房から出て来たヒナは、そんな彼女の様子を一瞥して……何も無かったかのようにミキの元へと来た。
「どうぞ」
「麦と栗を炊いた物か?」
「はい。良く分かりますね」
「似た様な物を昔にな」
栗ご飯モドキとも言える物にミキは手を伸ばした。
この世界に米があるのかは知らないが、麦があるのでこうして代用することが出来る。
味はだいぶ違うが……それでも懐かしい食感を十分に得られた。
「美味いな」
「本当ですか? ヒナさん私にも」
「はい」
食べ物の話になるとレシアは復活して来る。
彼女はミキの隣に腰かけると、ヒナから渡された椀を手にした。
「ん~! 美味しいです。ちょっと麦の匂いが強いですけど」
「贅沢を言うな」
軽く彼女を叱り、ミキは前の席に座ったヒナを見た。
「これは母親に教わったのか?」
「はい。でも最初に教えてくれたのはお父さんらしいです」
「そうか」
「あの~ミキさん」
「ん?」
「えっと……お父さんとはどんな知り合いで?」
母親であるセヒーから何が起きたのかやんわりと聞かされた彼女は、質問したいことがいっぱいだった。
あの日……倉庫から顔を出した男たちは、ヒナたちを見るなり素直に倉庫へと入れてくれた。
そして事の次第を聞かされ、お菓子で腹を満たして眠る弟と妹を引き取ったのだ。
彼らも自分たちの罪を認めおとなしく捕まった。
でも捕らわれていた間、遊んで貰っていた弟と妹が『オジサンたちは何も悪いことはしてない!』と騒ぐものだから大変だった。
母親からの話ではミキが裏から手を回し、彼らの罪は最も軽い物になっているらしい。
そう言った話をヒナは全て又聞きしているだけだ。
家族が巻き込まれた当事者なのに、彼女だけが蚊帳の外だった。
だがミキは軽く笑うと、自分の隣に居るレシアの頭を撫でた。
「俺が良く知る人物と繋がりがあっただけだよ。それだけだ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「でも……それならどうしてお父さんがお二人の旅について行こうとしたんですか?」
「全力で断ったから心配するな」
「いえそうでは無くて……」
相手の言わんとしていることは理解していた。
でも答えるにしても言葉を選ばないといけないのが、ミキの今の立場だった。
『本当のことを全て晒しても良いのでは?』と思う気持ちもあるが、斬って捨てた宍戸や有馬の例もある。
何が災いを呼ぶか分からないだけに余計なことはしたくなかった。
「俺はこれでも闘技場あがりの解放奴隷でな……お前の父親は俺の剣を学びたいとか言ってたぞ」
「……」
その話が出るとヒナは口を噤んだ。
自分の知らない兄と姉の存在を知らされてまだ日も浅いからだ。
「まあしばらくは迷惑をかけていた家族に対して恩を返せと言っておいたから、これからは真面目に働くだろうさ」
「そうですか?」
「ああ……根が真面目過ぎるから色々と余計なことを考えるんだ。全部を自分の罪にする必要も無いのにな」
お道化て肩を竦める彼の様子に、レシアは黙ってギュッとその手を掴んで離さなかった。
(C) 甲斐八雲
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