其の弐拾陸

 静かで動きの少ないその舞は、派手さは無いがとても静謐な雰囲気を漂わせている。

 見る者の心を洗う様な……余りの素晴らしさに逃げることすら忘れる。


「鎮魂の舞だ」

「鎮魂……っ!」


 背後からかけられた言葉に見入っていた彼の反応は遅れた。

 だが相手はその手に武器を持たず、ただゆっくりとした歩調で近づいて来る。

 自分が立てた計画の全てを引っ繰り返し台無しにした男だ。


「運が良かったな。あの舞を死後にでは無くて生前に見れるなんてな」

「もう勝った気か!」

「……ふっ。確かに失礼だな。でもお前相手に負ける気など微塵も湧かんが?」


 絶対の自信を覗かして近づく相手に、男は手に持つ剣を構えた。

 と、近づいて来る若者の足が止まった。


「剣術か?」

「知っているなら都合が良い!」

「……ちなみにお前が知る最強の剣術家は?」

「決まっている! 俺だ!」


 虚勢が本気かは分からないが、若者……ミキは軽く息を吐いた。


 確かに構えからしてどこかで剣を習っていた気配は見えるが、それでもその程度だ。

 見た目で分かる。弱すぎると。


「話を聞きたいとも思うが……その程度の腕なら聞いても意味は無さそうだな」

「なにっ!」

「あとが詰まっている。相手をするから掛かって来い」


 スラリと腰の物から刀を抜いてミキはそれを構えた。


「刀……だと?」

「ああ」

「何者だ!」

宮本武蔵みやもと むさしが一子。三木之助みきのすけ

「知らんわ!」


 吠えて駆けて来た相手の剣を寸前で回避し、ミキは間合いを計る。

 だが相手は間合いなど気にした様子もなく大きく踏み込んで来ると、手に持つ剣を振って来た。


 ガッ! ギギッ!


 鍔迫り合いの形に持ち込みミキは問う。


「お前は何者だ?」

「俺は、新当しんとう流の有馬喜兵衛ありま きへいだっ!」

「思い出せんな……つまらん三下か?」


 体を動かし有馬の足を軽く払う。


 体勢を崩し前のめりに倒れた喜兵衛は、急ぎ振り返りそれを見た。

 あの日の……自分を滅多打ちにした小童の様に刀を振り上げた相手が、つまらなそうな目でこちらを見ている姿を。


 ああ自分はまた死ぬのだなと自覚し、次の瞬間全てが終わった。




 十三歳の宮本武蔵が初めて戦った相手が、有馬喜兵衛と言われている。




 一振りで飛ばした頭をそのままに、ミキ刀を払って血のりを飛ばすと鞘に戻した。

 静かに舞っていた彼女の踊りがゆっくりと終わり、それが鎮魂すべき者がなくなったことを教える。


「そっちはどうだった?」

「はい。えっと……ヒナさんに凄く怒られました」

「何でまた」

「さあ? どうしてですかね?」


 ぴょこぴょこと軽く跳ぶような感じで近づいて来た彼女は、まず相手の肩に手を置き軽く背伸びをすると自分の唇を相手の物に押し付ける。


 ゆっくりと時間をかけて離れると、ギュッと彼の腕に抱き付いた。


「やれやれ。……ん? 見つかったのか?」

「はい。ヒナさんの妹さんが持ってました」

「まあ珍しいからな」

「いえ……焼いて食べようと思ってたみたいです」

「姉と違ってやんちゃだな」


 彼女の頭の上に居る七色の球体を指で突いて、ミキは元来た道を戻り始める。


 コーンコーンコーン……と、何やら甲高い木でも叩いたような音が聞こえて来た。

 発生場所はこれから向かう所の様に思えた。




 投降したブクンの部下たちは互いに縄で手首を巻き、次々と地面に座って行く。

 踊らされたとは言え、過ちを起こしたことは自覚しているのだ。


 だから彼らは自分たちを罪人相手にするような拘束を施していく。


 その様子を見ながらハキレは、小屋に付けられた木の板を小槌で叩いていた。

 賊などが出た時の為の緊急招集などに用いる道具だ。これを叩けば音が街まで届き、聞こえた者からここへ集まって来ることになっている。


 セヒーは小屋の入り口の傍に立ち、ジッと自分の夫を見つめていた。

 地面に正座して待つ夫の姿を。


 ゆっくりと時が流れ、座って居たクベーが立ち上がる。

 顔を向けた先には……自分と同じ"この世界"では無い場所を知る者が居た。


「離れてろ」

「は~い」


 言われるがままレシアは彼の腕から離れて距離を取る。


「お前たちの子供は無事だそうだ」

「!」

「殺せなかった見張りが隠していたそうだ。ヒナが食堂に連れて行き……今頃飯でも食べているだろう」

「そうか」


 ボロボロと涙をこぼし地面に崩れるセヒーとは対照的に、努めて冷静な感じを見せるクベーは、剣を抜いて鞘を捨てた。

 無言で地面に落ちた鞘を見る若者に、クベーは口を開く。


「……鞘のことに何も言わないのか?」

「つまらない言いがかりだよな……本人に聞かれれば酷い目に遭いそうだが」

「違いない」


 剣を上段に構えたクベーは、ジリジリと足の爪先を動かし近づいて来る。

 ミキはその様子を懐かしさに捕らわれながら見つめていた。


「名乗らんのか?」

「……播磨はりまの国。宮本家が家臣、宮田覚兵衛みやた かくべえ

「そうか」

「一手ご教授をっ!」


 大きく振りかぶった剣は、間違いなく一撃必殺の動きだった。

 容赦無く……そして全力の一撃を、ミキは腰から抜いた十手を両の手に持ち交差して頭上で受ける。


 ギギギと嫌な音を発し、受け止めた一撃に……相手の目が大きく見開く。


「名乗らせろよ?」

「……」


 必殺の一撃を見事受けきり、ミキは静かに相手を見つめた。


 家臣であった男の今の姿を。


「浪人。宮本三木之助玄刻はるとき

「!」


 十手に注がれていた視線がミキの目を見る。


「野郎に熱い視線なんぞ向けられるのは性に合わん」

「若っ!」


 スルッと動いた十手が、その爪で相手の武器を捕らえる。


 オリハルコン製の武器の強度は高過ぎるくらいだ。

 ガギンッと音を立て、クベー……宮田の剣が半ばから折れた。


「武器も腕も鈍り過ぎだ。宮田よ」


 武器を壊された勢いでたたらを踏んでミキの横を数歩進んだ彼は……地面に両膝を着いて土下座した。


「若とは気づかずご無礼をっ!」

「構わんよ」


 トントンと十手で肩を叩きミキは空を見た。


「今はただの……旅人だ」


 そう。今のミキは浪人ですら無いのだ。




(C) 甲斐八雲

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