其の弐拾伍
「それでゾロゾロと……何の用だ?」
「お前は本当に王都からの」
「ああそうだ」
長々と会話に付き合うのも面倒臭くなって、ミキはブクンとやらの言葉を遮った。
その対応に勝手に狼狽えた相手が困った様子で視線を動かす。
男たちの視線を自然と集めている……中肉中背の冴えない男性をミキは見て覚えた。
「それでこれは何のつもりだ? まさかと思うが王都から来た俺に何かあれば、お前たちは全員縛り首だ。運が良ければ斬首か……まあどっちにしろ生きてはいられないな」
軽く首を鳴らしてミキはダラッと自然体に構える。
その様子を見ていたクベーは一瞬驚いた様子を見せたが、抜いたままの長剣を改めて構え直した。
「お前たちが俺の子を攫ったのだな? 子供たちをどうした?」
静かな父親の問いかけに、ブクンは緊張から唇が張り付いてしまったかのように動かない自身の口に驚き……慌てて顔を左右に振った。
スッとクベーの目が険しくなった。
「人質なんて殺してしまえか……悪く無い考えだが、やるべき相手を間違えたな」
コキコキと肩を鳴らし、ミキは"くああ"と一つ欠伸をする。
恐ろしいまでに場の空気に何の感情も動いていない。
クベーはその様子を見て自分の背中に冷たい汗が走るのを感じた。
人探しの為に演じた"長剣使い"が……もしかしたらとんでもない大魚を釣ってしまったのかもしれない。
その魚は自分が知る限り、糸や竿どころでは無くて釣り人ももろ共食らい尽くす恐ろしい存在だ。
「それでどうする? 反逆罪で死ぬか? それともただの賊として死ぬか?」
「……殺してしまえ! そいつ等を始末しなければ俺たちは終わりなんだ!」
ブクンでは無く、あたりを付けていた男が声を張り上げて命じる。
武器を掴みガクガクと震える男たちは、切っ掛けを掴めずに居た。
パンッ!
「来いよ」
柏手一つ打ったミキの声に、男たちが気がふれたように声を発して飛びかかって来る。
緊張と恐怖が限界に達して……正常な判断が出来なくなったのだ。
ブンッと風を斬ってクベーの長剣が獲物を真っ二つに斬る。
それを見た者たちは……それに自分の未来を垣間見て、生き残ろうと必死に抗う。
闇雲に武器を振り襲いかかって来たのだ。
「クベー」
「!」
「あとで色々と話したいからまず死ぬなよ」
「……そっちこそ!」
互いに軽く睨み合って二人は離れた。
とは言えミキは腰の物も抜かず、十手すら手にしない。
奇声を発して振りかぶり叩きつけて来た男の手から粗悪品な剣を奪い取ると、それを手にして軽く構えた。
「悪いな。女子供を人質にする様な奴らに向ける情けは、生憎と品切れでな」
流れるような動作で男たちの間を過ぎると……その首元から鮮血を噴き上げ彼らは倒れた。
「南無八幡大菩薩。死んで地獄で悔い改めろ」
握っている獲物が普段の刀で無い分ミキの動きは若干悪いが、それでも次から次へと斬り捨てて行った。
(あれは刀の太刀筋。間違いない)
クベーは離れた場所からミキの姿を見て確信した。
彼も自分と同じこの世界へと来た者であると。
嬉しさと一緒に込み上げてくるのは、忘れていた剣術家としての矜持。
強い者とし合いたいと言う一念だ。
口元に笑みを浮かべ、クベーは長剣を振るう。
ミキが柔らかく速い柔の剣とすれば、彼が振るうのは重く速い剛の剣。
一振りごとに人間の手足が、頭が、胴が……恐ろしいまでに吹き飛び転がる。
彼が剣を振るう度に地面には赤黒い血の海が広がるのだ。
襲いかかる男たちは、返り血を浴びてもなお向かって来る彼に恐怖する。
生きる伝説。
過去この街に巣食う賊の大半を斬って捨てた男、それがクベーだ。
自分の目で見たことが無くてもその話はいつでも耳に届いた手いた。
恐怖の代名詞たる彼の長剣が……自分に向かい振るわれる様を見て、男たちは本当の意味での絶望を知る。
どうしてこうなってしまったのか?
甘い言葉を囁き皆を狂わせた者を探す視線は、標的を見つけられぬまま……自身の血で視界を赤黒く染めて行った。
ブクンは逃げることはせず、ガタガタと握った剣を震わせていた。
いや……最初から逃げられる訳が無かった。彼の目は常に自分を見ていたのだから。
目の前まで来たクベーのその慈悲の無い冷たい目が……ずっと。
「ブクン」
「ふははっ……あはははっ……何をどこで間違えたんだろうな? ついあんな男の言葉に踊らされて」
「そうだな。でも踊ったのはお前だ。命じられた訳でも無く……勢いに身を任せて踊った」
「……その通りだ」
震える手を硬く握りしめてブクンは剣を構えた。
「俺で終わりにしてくれ」
「……分かった」
一歩も動かず目を閉じた男に対して、クベーは全力でその脳天から刃を振り下ろした。
地面まで突き抜けた刃が石にぶつかり止まる。
ブクンだった物は、左右に分かれて地面に沈んだ。
「ひっ! あひっ!」
男はただ必死に足を動かしていた。
乱戦になってから隙を伺い逃げ出したのだ。
どうしてこんなことになった?
理由など分からない。どこで間違えたのかすら分からない。
良く良く思い出せば……最初に間違えたのは、あの日あの時立札を立てた時からだ。
腕に自信があった。負けないと思っていた。
だが立札を見てやって来た小童に負けた。
棒や石で殴られ……息絶えるその瞬間まではっきりと覚えている。
周りの者たちがその小童を"たけぞう"と呼んでいたのもだ。
必死に足を動かし走る彼は不意に視界にそれを捕らえた。
この世の物とは思えない美しい舞だった。
(C) 甲斐八雲
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