其の弐拾肆

「レシアさん?」

「黙って。たぶんこっちです」


 二人が辿り着いたのは倉庫が立ち並ぶ一区画だった。


 地元民であるヒナが言うには、農作物などの蓄えを貯蔵しておく倉庫らしく、この時期は余りこの辺りに人が来ることなど稀らしい。

 それでもレシアの耳には確かに届いていた。『早く来い』とばかりに鳴く声が。


「あの子と言い、ミキと言い……みんな我が儘です」

「……」


 我が儘の代表たる彼女がそれを言うのかと思いつつ、ヒナは口を噤んで沈黙した。


「あそこです」

「あれですか?」

「ん~。子供の気配があります。たぶん二人です」


 その言葉に飛び出そうとしたヒナの腰にレシアが抱き付いて止める。


「離してっ! あそこに」

「他にも居るんです」

「……」

「たぶん男の人が二人います」


 冷静さを取り戻しヒナはまた物陰へと戻る。


 打つ手が無い。

 助けて貰おうと街の自警団に寄ったが誰も居なかった。

 こんな時間に無人なのも変だが、居ない以上我が儘を言っても仕方ない。


「どうしたら……」

「ん~」


 倉庫の方をジッと見ていたレシアは、ぴょんと物陰から飛び出した。


「レシアさん!」

「はい?」

「隠れて無いと!」

「ん~。でもこのままだと何も思いつかないですよね?」

「そうですけど!」


 倉庫の中に居る"男性"とやらに見つかり、弟と妹にもしものことがあったらと思うとヒナは気が気でない。

 しかしレシアは軽い足取りで倉庫に向かい歩き出した。


「レシアさん!」

「大丈夫ですよ」

「何がっ!」


 我慢出来なくなって追って来たヒナに対してレシアは笑う。


「素直に事情を説明してお願いしましょう」

「それでどうにかなったら!」


 いくらなんでも能天気すぎる。

 ヒナは相手の手を掴んで引き戻そうとしたが、掴んだと思った手は空を斬る。

 ヒラヒラと風に舞う花びらの様に……レシアは軽い足取りで倉庫前までたどり着いた。


「済みませ~ん。ここにうちの丸っこい鳥が居るはずなんですけど……帰して貰えませんか?」

「そっちなんですか!」

「ほえ?」


 流石のヒナも怒りの余り地面を激しく蹴った。




 ブクンは額からボロボロと大粒の汗を垂らして焦っていた。

 周りに居る部下たちも皆同じ様子だ。


 恐ろしいほどに強い相手だと思っていたが、王都から来た調査官だとは思いもしていなかった。

 今にして思えば彼はいつも街の中を見て回っていた。

 考えれば考えるほどに相手の言葉が真実としか思えない。


 完全な疑心暗鬼に陥っているブクンは、一気に老け込んだ顔を"彼"に向けた。


「どうする? 王都からの支援が来るとなると」

「……」


 考えてもいなかった状況に焦っていたのは男も同じだった。

 剣ではダメだったから知恵でと思い行動して来たと言うのに……。


 ここに来てこんな風に自分の策を根本から引っ繰り返されるとは思ってもいなかった。


「やるしかない」

「へっ?」

「ここであの男を殺して、王都からの支援も何もかも殺すしかない」

「そんなことをしたらっ!」


 食って掛かるブクンの手を男は払った。


「もう俺たちはあそこに居る夫婦の餓鬼を攫って扇動してるんだっ! そのことがバレたら終わりなんだよ!」

「でも……餓鬼を返せば」

「……殺しても良いって言ったのはお前だろ? 諦めて腹をくくれよ」


 諦めたと言うより覚悟を決めた様子の言葉に……ブクンは大きく息を飲み込んだ。


「俺たちはもう殺して勝つしかないんだ」




 セヒーを縛っている縄はだいぶ緩くしてあるが、それでもミキは時折彼女のことを気にする。

 元々相手が持って来た依頼とは言え、こんなことに巻き込むのは抵抗があった。


 そもそも今回の首謀者が誰かなど考える必要も無いほど簡単だった。

 ハキレとやらが死んで得するのは対抗相手のブクンだけだ。つまり犯人はブクンとなる。


 ただ日々見て来た様子から彼がそんなことをする度胸があるとは思えなかった。だから誰かが入れ知恵をしたことも分かる。

 なら相手の思い描く策などもある程度予想が出来た。


 予想が出来ればその策を根本からひっくり返す。それが宮本家の家風だ。

 やるなら派手に、大袈裟に、豪快に……義父殿の話を聞く限りそれで間違っていないはずだ。


「一つ聞きたい」

「ん?」

「どうして妻を人質にする?」

「人質を取られた振りをしていろよ。そろそろ相手は痺れを切らす」

「痺れ?」

「ああ。自分の策が根本からひっくり返された。それで焦らなければ策士になれるが、そもそもこんな餓鬼の遊びみたいな策を実行する無能だ。俺の言葉で大いに焦り……ほら動いたぞ」


 彼の言葉通りゾロゾロとこちらに向かいやって来る一団が見えた。

 遠めで見ると気付かなかったが……寄って来た者たちの顔はどれもこれも見知った者ばかりだった。


「ブクン!」

「……」


 クベーの声に、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 ようやく相手が動いたことで、ミキは軽く肩を回した。


「ハキレ。セヒーさんと一緒に小屋の中に居ろ。お前の言葉が嘘で無いなら女性の一人も護ってみせろ」

「ああ」


 スルリと解けた縄を跨いで、彼女はミキに背中を押されて小屋の中へと入る。


 ハキレは一度だけミキを見て小屋に入った。

 部下たちを巻き込みたくないと思い一人小屋に居たハキレの元へ、クベーの妻を連れて来た彼はただ一言こう告げた。


『何が起きても狼狽えずに男を見せろ』と。




(C) 甲斐八雲

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