其の弐拾参

 計画は、ほぼほぼうまく進んでいた。


 金を掴ませ情報を流させている者からの報告では、ハキレ宛に手紙が届いたそうだ。

 送り主は"クベー"だ。

 自分の子供を救うために、本当に外の自警団相手に喧嘩を売ったのだ。


 男は込み上がる笑いを噛み殺し、ブクン等と隠れてその時を待った。


 ハキレたちは普段街の外……自作したのだろう小屋を根城にしている。

 荒事の多い彼らは街の人たちに迷惑が掛からないようにわざわざ外に居るのだ。

 そこなら何が起きても……予定外のことが起きてももみ消すのには事欠かない。


 やはり自分の知恵は、策は、"この世界"でも通じるのだ。


 西や北ではただ運が悪かっただけだ。一番ついて無かったのは"前の時"だが。

 だがここにはあの憎たらしい子供も居ない。


 心配そうに膝を揺するブクンに嫌な顔を向けつつ彼は待った。


 そして遂に時が来た。

 長剣を背負った者が歩いて来て、小屋から出た男が入り口に立った。




「クベーか」

「……」

「手紙は読んだ。子供を救うために俺の首が必要だそうだな」

「ああ」

「仮にこの首を持って行ってもお前の子供はっ!」

「分かっている。遅いかもしれん」

「なら何故っ!」

「こうなってしまっては僅かな可能性にすがるしかないからだ」


 腰に差すことの出来ない長剣は背中に背負っている。


 クベーは右手で肩越しに剣を握り、左手で鞘を掴む。

 長いから互いを引っ張ることで抜くしかない。


 傍目で分かるほど顔色を悪くしているハキレは……昔からの付き合いだ。

 元々外の自警団に席を置き、彼の前でこの長剣を振るって来た。

 その腕前を知る相手が勝てるなどと微塵も考えていないだろう。


「素直に首を差し出してくれんか? 他の者まで斬りたくない」

「……俺以外ここには客しかおらんよ」

「客?」

「ああ」


 ハキレは場所を譲る様にその場から少し動いた。

 出て来た男を見てクベーは剣を抜いた。


「長剣使いの男か……どうやら探していた人物では無いらしい」


 軽く頭を掻きながら出て来た男は、娘の店に泊まる若者だった。

 何度か後ろ姿を見て警戒していたが……気の抜けた様子で立って居るのに隙が無い。


 クベーは剣を構えて相手を睨んだ。


「そう怖い目で自分の子供ほどの餓鬼を睨むなよ?」

「餓鬼とは思えんからな」

「まあな。俺は閻魔も嫌う悪餓鬼だ」


 ククッと笑って若者が、小屋の入り口から腕を差し入れる。

 壁で隠れていたから気づかなかったが、そこにはもう一人居た。

 良く見知った……人生の半分を共に過ごして来た人物が。


「セヒーっ!」

「動くなよ?」

「おまっ……卑怯なっ!」

「からめ手を使う相手に正攻法で挑むとでも思ったか? 人質を取られて殺しを請け負うような奴には、人質を持って動きを封じてしまえば良い。これでお前は動けんだろ?」

「……」


 その目で人を殺せるのなら、きっと彼は実行していると思うぐらい怖い目つきで睨んで来る。


 ミキはその目を鼻で笑って声を張り上げた。


「まさかお前たちは俺がただの旅人だと本当に信じていたのか? 悪い。嘘だ。俺は王都から派遣されてこの街を調査していた。独立の動きを見せるこの街を失うと税収が下がるんでな」


"はったりと嘘"


 だがその言葉をにわかに信じる者が居た。

 ハキレとブクンだ。


 二人ともミキの強さを知っているから、ついその言葉を信じてしまった。


「王都からの支援が来る前に報告書だけでもと思ったが……止めた。この街の独立志向は明々白々。ならば主導者の首を全て刈り取ってこの街は王都直轄の地とする」

「いや待ってくれ!」

「何だ?」

「俺たちは独立なんて考えてない。ただ毎年税収が増えるのをどうにか止めたかったんだ」

「……そうか」


 ミキの言葉を信じ込んだハキレは必死に自己弁論をする。

 ただ彼の言っていることは、アウハンガーの住人たちの総意だ。


「俺たちは王都と戦う気はない。争いなんか起こせば滅ぶのはこっちだ」


 必死にハキレは言葉を繋げる。


「俺は……そこに居るクベーの戦う姿を見て来た。いつか追い越したいと思って頑張った。でも弱い。俺は弱いんだ。それでも街を護りたいと思う気持ちは嘘じゃない!」

「街を護りたいのにずいぶんと熱心に俺を勧誘してたよな?」

「あれは……」


 一瞬言葉を詰まらせたが、覚悟を決めて全てを吐き出す。


「ブクンに負けたくなかったんだ。アイツは元々よそ者だ。俺はこの街で生まれたって意地があった。だから負けたく無くて勝つことばかり考えた。それが悪いと言うなら謝る。幾らでも頭を下げる。だからこの街に手を出さないでくれ」


 ボロボロと涙をこぼし地面に膝を着いて懇願する彼から、ミキは視線をクベーに向けた。


「お前が斬ろうとして居たのはこんな男だ」

「……」

「自分の弱さを認めてそれでも必死に何かを護ろうとする男だ。そんな男をお前は斬るのか?」

「……だが子供がっ!」

「ああそうだな。だから信じて待ってみろ? 自分の子供を」

「?」


 クスッと笑いミキは街の方へと目を向けた。


「俺の連れは本当に凄いんだ。絶対に無理だろうなと思うことを押し付けても、変な幸運と意地だけでやってのける」


 幸運と片付けて良いのか怪しくもあるが。


「……本当に凄いんだ」




(C) 甲斐八雲

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