其の弐拾弐

 子供を……あの日子供を喪った時、彼は全てを投げ捨てた。


 もうどれほど約束を違えて来たか分からない。 

 最初に交わした約束を皮切りに、自分は全ての約束を護れずにいた。


 未練だった。本当にそれ以上の未練は無かった。


 だからあの場所が見える所で自分の腹を斬って果てた。

 自分の様な者が腹を斬るにはふさわしくない場所で、彼は自分の腹を裂いて内臓を抉りだし絶命した。


 強い未練だけを連れて、彼は死んだのだ。




 こんなふざけた場所にやって来たのは、神仏が与えた"罰"だと思った。


 使い捨ての道具の様に扱われ、それでも仕事をすることで居場所を得た。

 剣が振るえる様になれば戦い、今まで以上の居場所を得た。

 奴隷から解放されること願い……女を買うことも無く貯め続けた。


 ようやく解き放たれた時、彼は気付いた。『自分には何も無いこと』を。


 こんな世界で頼る伝手も相手も無く、たった一人放り出された彼が出会ったのは……豪商の娘だった。

 いや元豪商と言った方が良い。両親が多額の負債を抱えて八方ふさがりの状況だったのだ。


 どうして出会ったのかはよく覚えていない。

 唯一思い出せるのは、どこかの河原で彼女と話をしていた時のことだ。


 彼女は言った。

『この体を売っても利息の足しにもならないそうよ。私は価値の無い女なの』と。


 自分から見れば魅力的な女性だった。若くて健康的な四肢は日焼け一つなく綺麗だった。

 惹かれたと言えばそれまでだが、間違いなく相手に対して好意を抱いた。


 だが彼女の家族は、一家全員での終わりを選んだ。


 ある日の夕刻……彼女の家から立ち昇る煙を不審に思い走って行けば、燃え盛る炎が家を包み込もうとしていた。


 迷いは無かった。周りの人の制止を振り払い家の中に飛び込んだ。

 全身が燃えるかと思う高温にさらされそれでも彼は探した。

 家の中央……血を流し転がる両親を抱きしめて泣いていた彼女を見つけることが出来た。


『もう疲れたわ。だから一緒に逝くの』と彼女が言う。

『だったら俺と一緒に来い。きっと両親と逝くのと変わらないほど苦しい生活を送れる』と彼は告げた。


 少し悩んだ彼女は笑った。


『変わらないほど苦しめるのなら長い方が良いわね』と……伸ばして来た手を掴み、二人は必死に炎の中から逃げだした。


 それから二人で旅を始めた。

 行く宛など無い……でもほんの僅かな希望を求めて、彼らは探し続けた。


 そして拾った。西部に"長剣使い"の強者の話をだ。


 使えると思った。その噂の主を自分にすれば、きっと"彼を知る者たち"は集まって来るはずだ。

 そう思い武器を両手剣の長い刃の物へと変えた。

 だが実際に寄って来たのは……自分の家族を不幸のどん底に落とした者たちだけだった。


 また救えなかった。また護れなかった。


 前もそして今も、自分は何一つ変わらない。

 誰一人救えず、約束一つ護れない。


 もし"彼"に出会えても……合わす顔など最初から無かったのだ。


 その事実に気づいた彼は、その日から酔わない酒を飲み始めた。

 もう何もかもが嫌になった。

 そのはずなのに……剣は捨てられなかった。




 数年振りに抜いた剣にはうっすらと錆が浮いていた。

 最後に油を塗ってきつく封をしたが、それでも刃は錆びてしまう。


 これまた数年ぶりに準備した砥石を手に刃を擦り磨く。

 錆が消えるごとに刀身に己の顔が映る。

 無駄に剣を振るい人を殺して生きて来た畜生な自分の顔が。


 所詮自分がして来たことはただの人殺しだ。

 結果としてそれが跳ね返って来た。


 そしてまた……捨てたはずなのに跳ね返って来た。


「因果応報か」


 呟き自虐的に鼻で笑う。


 自分ほどその言葉が似合う者もそうは居ない。

 生き恥を曝して生きてきた結果が今だ。


 子供を喪い捨てた剣で、また子供を喪うかもしれない状況に追いやられている。

 全てはあの日あの時……自分が振り下ろした刀に寄って生じた呪いなのかもしれない。


「でも良い。こんな愚か者の命ならいくらでも捨てられる。だからせめて……子供だけは救えるよう取り計らってくれないか? なあ? 八幡大菩薩よ」


 研ぎ終えた剣を鞘に戻し彼はゆっくりと立ち上がった。


 向かう場所は決まっている。

 そして分かっている。


 もうきっと……生きて家族に会えないことも。




「ん~」


 レシアは真面目に考えていた。


 今自分が出来ることを。違う。やるべきことを。


「……」


 隣に居るヒナは顔色が悪いままだ。それでも気丈にもレシアについて来ている。

 ヒシヒシと伝わるヒナの気配に、レシアはむむむと唸って眉間に皺を寄せる。


 何と言うか親子って本当に似るものなんだと、伝わって来る空気から強くそれを感じる。

 母親と同じ空気を纏っているヒナも……きっと今、声の限り泣き叫びたいのだと分かる。


 だから余計に考える。

 あの二人……一緒に遊んで笑ってご飯を食べた弟と妹たちのことを。


 でも良い考えなど浮かばない。何より隣にミキは居ない。


 突然椅子を蹴飛ばし立ち上がった彼は、この依頼を受けることにした様子だった。

 ただ『子供たちを探す暇が無い』と言って彼はレシアを見た。その目をジッと。


「探せるか?」

『出来ないなら諦めるしかないぞ?』


 口と目で語りかけられた言葉にレシアは内心腹を立てた。


 いつも彼は本当に無茶な要求ばかりして来る。

 何より相手の『出来なければしなくて良い』と言う雰囲気が許せない。

『あの子たちを探すぐらい私にもできます!』と返事するしかないからだ。

 だから今はやるしか無いのだ。


 レシアは覚悟を決めた。


「ヒナさん」

「はい?」

「私はミキに良く褒めて貰っている言葉があります」

「……」


 突然の言葉にヒナは首を傾げる。相手が何を伝えたいのか分からない。


「私は『素直』なんです。だから困っている今、私は素直に言います」

「はい?」


 すぅっと大きく息を吸いこんだレシアは顔を空に向けた。


「誰か~! 助けてくださ~いっ!」


 小さな体の割にはレシアから発せられた声は風に乗り街中へと響く。

 全力で大声を張り上げ咳き込みながら……レシアは、自分の耳を、シャーマンとしての力を信じた。


 コケコッコー


 遠くで確かにその声がした。




(C) 甲斐八雲

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