其の漆

 そんなこんなで街に来て三日。

 食堂の店主に気に入られ、ミキたちは『空いてる部屋を好きに使って良いから』と食堂を宿にしていた。


 北部へ向かう中心となる大規模な隊商待ちの状態で、日々来るのは街の外を"警護"している夜盗っぽい奴らと、街の中を"警護"している盗賊っぽい奴らばかりが毎日やって来る。

 どちらもがミキを仲間に引き込もうとする勧誘であり、権力闘争に興味のない彼はいい迷惑でしかなかった。


 自然とため息をこぼしていると、厨房から彼女が戻って来た。


「ミキさん」

「ん」

「これ……店主が『持って行け』と」

「魚か」

「はい。たぶん残り物ですけど」

「構わんよ。正直肉よりそっちの方が好きなんだ」


 二人の会話にニョキッと顔を挟んだレシアは、皿の物が魚だと知ると静かに顔を引っ込めた。


 とりあえずミキは会話を続けながら馬鹿の耳を抓んで捻る。

 育った村で自由奔放に生きてきたお陰で、礼儀作法の言葉すら知っているか怪しい生き物だ。


「いたた。痛いですミキ」

「こう言う時は会話が終わるまで大人しくしてろ」

「む~。美味しそうな物だったら」

「肉なら最初にお前に皿ごと渡すよ」

「もう大好きです」


 素早い動きで彼の隣に移動して来たレシアはその腕に抱き付いて頬ずりする。

 やれやれと呆れるミキは、こちらの様子を見てクスクスと笑っている少女に目をやった。


 この食堂に住み込みで働いている彼女は、レシアより一つ年上だ。名はヒナ。

 初めて聞いた時はこの世界らしくない名に驚きもしたが、何でも父親が名付けてくれたらしい。


 背は高くなく容姿も悪くない。黒い髪を仕事の邪魔にならない様に首の後ろで纏めている。

 客商売をしているお蔭か、その柔らかな表情には常に優し気な笑みが見える。

 朝から夜まで何かしら仕事を見つけては手を動かす働き者で、店主などは『俺が死ぬまで居て欲しいもんだ』と口にしていた。


 だがそんな彼女も良い相手と出会い、近いうちに細やかだが結婚式を挙げると言っていた。

 幸せだから余計に笑顔がその顔を彩る。


「ミキさんたちはずっと旅をしているのですよね?」

「ああ」


 話でもしたくなったのか、彼女はレシアが座って居た椅子に腰を下ろした。


「ならこんな噂を聞いたことはありませんか? "薄い鉄製の武器を扱う"人物の噂を」

「薄い鉄製ね。どんな形をしているんだ?」

「えっと……長さは私が両手を広げたくらいより短くて、何より薄くて人を斬る武器だと」

「普通に使われている剣とか出なくてか?」

「はい。とにかく聞かされたのは薄いって言う部分で」

「そうか。なら俺は知らんな。俺が使うのはこの腰の"鉄の棒"だ。こっちの剣はただの飾りだしな」

「飾りなんですか?」

「ああ。うちのこれは刃物が嫌いなんで刃の付いた武器を持ってると怒るんだよ」

「私はそんな簡単に怒ったりしまっ! あ~っ! 最後のお肉!」


 頭の上から落ちて来た球体に、最後のひと欠けを持って行かれたレシアが顔を紅くして怒る。

 転がって来た球体に魚の身を一口与え、ミキは正面に座る相手を見た。


「その武器を持つ者を知っていたら何かあるのか?」

「あっいえ……その……」


 普段口ごもることの少ない彼女があからさまに返事に困っていた。


 レシアもそれを珍しいと思ったのか、逆手で持ったフォークを球体に突き入れる寸前で回避されながらも彼女に目を向ける。


「実は……父が探してまして」

「そうか」

「はい。昔から旅をして探しているみたいなんです。でも出会えなくて」

「まあそんな珍しい形の武器なんて普通誰も持たないだろう?」

「そうですよね。それに薄い武器なんてすぐに折れてしまいますしね」


 少し引き攣った様子で笑みを浮かべ、ヒナは仕事に戻る様子で席を立つ。

 一瞬思案したミキは、物は試しと口を開いた。


「実は俺も探している人が居るんだ」

「……はい?」

「"長剣の使い手"を知らないか?」

「長剣……ですか?」

「ああ。とにかく長い刃物の武器だと思う。それを振り回して飛ぶ鳥を斬る者が居ると聞いたんだが」


 驚いた様子を見せる彼女に、ミキは普段通りの表情を浮かべていた。


「……この街に居ましたが、残念ですけどその人は亡くなりましたよ」

「本当か?」

「はい」

「何で?」

「病気です」


『仕事に戻ります』と、軽く会釈して走って行く相手を見つめ……ミキは軽く頭を掻いた。


「ミキ~」

「ん?」

「また嘘吐きさんですよ~」

「気にするな。それに相手も"嘘吐きさん"だったんだろ?」

「はい」


 読み取った空気からその事実を認め、レシアは彼の腕に抱き付いた。


「たぶん長剣の使い手さんは生きてます」

「だろうな」

「……ミキも空気が見れるようになったんですか?」

「見えはしないが読むことぐらい出来るさ」

「それは凄いです」

「煽てても何も出んぞ。何よりお替りはもうダメだ」

「ミキ~」

「贅沢ばかりしていると嫌われるぞ」


 そのシャーマン殺しの一言で彼女はブスッとした表情を浮かべ、彼の腕に甘えるよう抱き付く。


「長剣使いの男が、"刀"を持つ者を探す意味が分からんな」

「えっと……ミキと同じで戦ってみたいとかですか?」

「そう考えるのが妥当だよな。でも……何か引っかかるんだ」


 厨房に目を向けた彼は、やれやれと首を振った。




(C) 甲斐八雲

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