其の陸
「で、いつまで荷物の振りをしているんだ?」
「……ミキが怒らなくなるまでです」
「それだと一生無理じゃ無いのか? お前は俺を怒らせる天才だからな」
「にゃ~」
死んだ振りをしていたレシアは、息を吹き返して彼の肩から飛び降りた。
やれやれと軽く肩を回し彼は息を吐く。
「ミキ? あの人たちを……その……もっとこう……あれしなくて良いんですか?」
「別に斬り捨てても良かったんだが、もしかしたらあそこで酒を飲んでいるだけの農夫かも知れんだろ? 夜盗ですって分かってれば迷わず斬ったんだがな」
武器を携帯していたがその腕が悪すぎた。はっきり言えば素人同然なのだ。
余りにも弱いから万が一を考えミキは警戒した。
仮に彼らが農夫の類なら問題になる。咎人で無いものを斬ったりしたら後味が悪いからと、斬りかかる前にそれに気づいたミキは刀を返して全て峰打ちにしたのだ。
それでも振り下ろす力が強かったのもあって、骨を折った者や砕いた者も居たが。
「たぶん夜盗さんですかね? そんな人たちだと思いますよ」
「……今から戻って斬るのはもっと面倒臭いな」
死んだ振りなどしてないでその場で言ってくれていれば手間も省けたのだが、彼女にそれを求めるのは酷だと悟って彼はそれ以上追求しなかった。
そもそも生きる糧を得るために賊になることをミキは別に悪いとは思っていない。その分の因果応報は必ず背負うのだから。
本来なら今日がその日になっていたのかもしれないが、彼らにはまだ幸運が残っていたのかもしれない。
「さてと。戻って寝るか」
「ん~。正直食べ足らないです」
「この干し肉でも……ってな」
「もぐぐっ!」
差し出した肉に噛みついた彼女は、そのまま引っ手繰ると一気に駆けて距離を取った。
こちらを警戒しつつ咀嚼している彼女は、何処の獣かと思うほど彼を警戒している。
「腹が減っているからって人間であることを忘れるな」
「だってミキは怒るじゃ無いですか」
「噛みついて引っ手繰ったりしなければ怒ったりしないさ」
何せ空腹を抱えているのは彼女だけでは無いのだから。
ただこの原因を作ったのは彼女だが。
怒られないと信じたレシアは肉を咥えたまま戻って来る。そんな彼女をミキは逃さない。
左右から相手の頬を抓んで伸ばした。
「にゃは~っ!」
「色々と怒りたい気持ちもあるが……とりあえずお前は肉を斬って分けてから食え」
「にゃは~んっ!」
夜空に不可解な少女の声が響き渡った。
野営をし十分に休みを得てから歩き出す。
教えられた通りに進むと……確かに半日程度で街に辿り着いた。
そうなるとまた空腹を抱えていたレシアが教えられた食堂に向かい突撃するのは自然の通りだ。
動けば問題を起こす体質なのを理解していないのか、ミキが一人で馬小屋にロバを置いている間にまた騒ぎを起こしたのだ。
呆れつつも急いでミキが向かえば、食堂の中で二つに分かれて男たちが睨み合っていた。
片方は昨夜見た様な顔が並んでいた。たぶん顔の至る所に痣などが見て取れるから間違いない。
もう片方は凶暴な表情をしているが怪我などしていないからたぶん会ったことは無いはずだ。
「お前ら! ここは俺たちの縄張りだと知ってるだろうが!」
「うるせえ! 食堂は昔から中立って取り決めだろうが!」
「何を言ってやがる! そんな昔の取り決めなんざ今は無効なんだよ!」
「だったら俺たちがここに居て文句を言われる筋合いはない筈だ!」
右と左で怒鳴り合う中央で……レシアがとても幸せそうにパンを齧っていた。
何となく事と次第が想像できて、ミキは疲れた感じで息を吐いた。
きっと一人で店に来たレシアに声を掛けた男たちと、それから彼女を救おうとして動いた夜盗たちが言い争っているのだろう。本当に迷惑な話だ。
「良いか! そのお嬢さんはな……兄貴!」
「年上の野郎に兄貴とか呼ばれたくは無いな」
「でしたら先生で」
「もっと嫌だな」
「何だお前は?」
夜盗たちのゴマすりにうんざりしていると、別のグループから声を掛けられた。
柄の悪さからこの街を巣食う盗賊か何かなのかもしれない。これで街の警備兵とかだったら採用した者に文句の一つも言いたくなる。
「この街に立ち寄る隊商の護衛の仕事を受けたくてな……ついでに言うとあれの連れだ」
珍しく野菜を頬張っている彼女を顎で指し示し、ミキはやれやれと肩を鳴らした。
「なら話は早え。あの女をっ」
「譲る気は無いしくれてやる気も無い。もう色々と面倒臭いから……文句のある奴は腰の物を抜け。抜いた奴からまとめて黙らせて行くから」
その言葉に夜盗たちは腰の武器を鞘ごと抜くと、自分の足元に置いて服従の姿勢を取った。
だがここまで言われた盗賊たちは……腰の武器を抜いた。
「だったらお前を殺してぇえ!」
ゴツッ! と鈍い音が響いて話していた男が真横に吹き飛んで沈黙した。
まだ一応"盗賊"とは確定していない相手だったので、念の為に刀では無くて十手だ。
空腹なので苛立っていた気持ちを上乗せした情け容赦ない全力の一撃ではあったが。
「で、次はどいつだ?」
部下らしき男たちは、まず吹き飛んだ男を見て……次いでミキを見た。
何も言わず静かに頷き合うと、伸びている男を回収して食堂から出て行った。
「流石先生。実はご相談がぁああ」
「聞く耳は無い。お前たちが夜盗の類だと分かっている今は」
脇に吊るしている物に手を置き睨みつける。
「問答無用で斬るぞ?」
夜盗たちも静かに頷き合うと、足元に転がる武器を拾って店を出て行った。
「うは~。これも美味しいです。この野菜とお肉の奴をもう一つ」
「……これだけ騒いでも動じないお前の食欲が凄いよな」
「へっ? だってミキならあんな人たちに負けるはずないですから」
「そうか」
全幅の信頼を笑顔で言われ……彼は苦笑いを返すことしか出来なかった。
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます