其の参拾弐

 レジックと共にカロンたちを探しに来たレシアは浮かれて踊っていた。

 意思を通わせると、レジックは意外と愉快で楽しい子たちだったのだ。


 色々と話をすれば、彼らは自分の大切な人に対して凄いことをしてくれた。

 本当に凄かったのに……それを受けた彼は『まあこんな物か』と。

 感動が薄すぎて逆に驚いてしまった。


 あとはいつも通り軽く言い争いになって『もう良いです! ミキのバ~カ!』と口にしたら、彼が静かに手刀を構えたので、レジックを連れて全力で逃げ出した。


 彼はもう少し感情を曝け出すべきだといつもレシアは思っている。

 隣に居るのに、その腕に抱き付いているのに……ふとした瞬間、相手が遠く感じる時があって寂しくなる。どこか遠くに行ってしまいそうな気配を見せるので、怖くなって増々相手に抱き付いてしまう。

 結果として頭に一撃を受けるのだから納得出来ない。


 最愛の人に対する思いでプンプン怒っていると、それに気づいたレジックが自分に羽根をくれた。わざわざ自身の嘴で引き抜いてくれた立派な七色の羽根だ。

 受け取ったそれを手にレシアは嫌な気持ちを追い出すかのように踊って気持ちを高ぶらせていた。


 そして不意に気づいてそこに足を向けた。

 深い深い悲しみの空気……そんな空気を見たのは数える程度だ。

 だから自分の気持ちが沈んでしまわない様に鼻歌交じりで歌を口ずさみながら踊っていた。




 この世には奇跡なんて物は無いのだろうと、ディッグは絶望のどん底でそれを知った。

 らしくないほど願った結果がこれでは……本当に悲し過ぎる。

 たぶん西で広がる宗教とやらは、こんな能天気なシャーマンに嫌気を差した者たちが作ったに違いない。


 絶望や虚脱などの感情を抱えながらもディッグはそっと腕の中の"娘"に目を向けた。

 まだ意識はある。微かにだが瞼が震えている。


「カロンよ。お姉さんが来てくれたぞ」

「ふぇ?」


 てっきりまた体調を悪くしたのだろうと思っていたレシアは、自分の目にそれを見つけて驚愕した。彼女の全身を包んでいるのは死の空気だ。


『お爺ちゃんの所に行きます!』と村長と共に村を出た少女に何があったのかレシアは知らない。

 でもその姿を、纏っている空気を見れば……何が起ころうとしているのかぐらいは分かる。


 崩れる様に地面に膝を降ろした彼女は、その両目から涙を溢れさせた。

 止めようがない。止まるはずがない。感情が……全く抑えられない。


「ダメですよカロンちゃん。だって……私にいつか立派な皮で服を作ってくれるって言ったじゃ無いですか!」

「……」


 その言葉に反応して、動きかけた少女の手が力無く地面に落ちる。

 自分の踊りを見て以来異様なまでに懐いて来た少女を……レシアは気に入っていた。妹が出来たみたいで嬉しかった。だから耐えられなかった。


「ダメです。ダメですから!」


 地面に落ちた手を掴んで握る。冷たい小さな手からは温もりが消えかけていた。

 だから瞬間的にレシアは顔を空に向けて叫んでいた。


「ミキ~! 今すぐ来て下さ~い!」


 呼べば必ず来ると信じている。きっとこの状況だってどうにかしてくれる。

 絶対の信頼を寄せる相手が来ても間に合わないかもと理解しつつ、咽喉がピリピリと痛くなるほど声を上げ、レシアは少女の顔を覗き込んだ。


 その白い顔は……今にも固まってしまいそうなほど動きが無い。


「ダメです。ダメなんです……」


 ポロポロと零れる涙が止まらない。


 もう助けようが無いと、そう思っていた。

 と、レシアの頭の上で何かが動いた。


 よっこいしょと立ち上がったのは、元の形からは想像出来ないほど……丸々と球体にしか見えないほど丸くなった七色の塊だ。


 そもそもレシアの回りに居るレジックたちのどれもが、丸々とした球体の様になっている。

 吸い込むかのようにグリラを食した鳥たちの最終的な形がそれだった。


「コケー」

「コケッコー」


 レシアの頭の上に居る小さな個体がひと鳴きすると、残りの個体が声を揃えて鳴き出した。

 そして羽をばたつかせて……踊る様に空中に七色の光を撒く。


 何が起きたのかは分からない。でもレシアはその場面を垣間見ていた。

 グリラに付けられた彼の傷を、鳥たちが"食べた"のだ。


 踊る様に羽を震わせるレジックは、その丸々とした体を震わせ僅かながらに宙を浮く。

 飛んでいると言うより跳ねている様にしか見えないが、レシアはそれを見つめて自分も立ち上がった。


「コケコッコー」

「コケッコー」


 ディッグは立ち上がった少女が、丸い球体と踊る様を見て……自分の気が狂ったのかと思った。


 だが残念なことにそれが現実で、夢で無いらしいことを知り脱力する。

 どうやら自分よりも彼女の方がこの現実に耐えられなかったのだろうと、生温かな目を向けた。


「コケー」

「コケッコー」

「コケッコー」

「コケケー」


 ふざけた状況ではあったが、落ち着いて考えれば不可思議な状況でもあった。


 ディッグは落ち着いて辺りを見渡した。

 宙を舞う七色の光の密度がどんどん増していく。

 その光は……彼と少女だけを包み込む様に動いていた。


「何が?」


 全く理解出来ず、そっと自分の腕の中に居る娘を抱き直す。


「ぃ……」

「?」

「たぃ」

「……」


 微かに振るえる少女の唇から言葉が零れたのだ。




(C) 甲斐八雲

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