其の弐拾壱
「本当に凄かったんです! あれを見た時、おとぎ話の"天女"が舞い降りたのかと思ったぐらいです!」
両手を硬く握って、胸の前で上下に振っている様子から興奮具合が伝わって来る。
昨日からレシアの踊りを見入ったカロンは、彼女の横にべったりと張り付いたままだ。
少女の興奮した様子に慣れていないのだろうか、頬を少し赤く染めて恥ずかしそうにしているレシアの印象が新鮮で面白い。
ミキはそんな二人の様子を見ながら、辺りの気配を探ることを止めずにいた。
レジックを見るなら木々の間に行くしかない。
その結論が出ているのだから実行するのが一番だ。だからレシアに対して興奮気味に甘えているカロンを誘い、軽く村の回りを見て回ることにした。
もし少女に何かあればすぐに走って戻れるように、ミキの荷物は最小限で腰に刀を吊るしているだけだ。
食料は背負い袋に詰めてレシアが背負っている。
『夕飯まで大丈夫だろう?』と確認したが、彼女は全力で否定した。
『空腹で動けなくなったらどうするんですか!』と涙目で言われると言い返せない。
何よりカロンが携帯食を背負い袋に詰め始めたから早々に諦めた。
踊り一つでここまで人の心を掴めるのは本当に凄いことだ。
その凄さを普段から正しい意味で発揮してくれれば文句など無いのだが……ミキは軽く頭を掻いて前を行く二人の姿を見つめた。
「それで……ベテラン狩人が、何故観光染みたことをしている旅人について来る?」
「……うちの弟子を攫っておいて良く言うな」
「あの状況なら勝手について来るさ」
「……シャーマンの力とはそんなにも凄いのか?」
「力かどうかは知らんが、アイツの踊りの天才だ。軽い気持ちで見ると魂を奪われかねんぞ?」
「ふん。お前が生きているなら大丈夫だろうさ」
ディッグは鼻を鳴らして肩から下げているボウの具合を確認する。
(俺の魂ならとっくに魅了されているさ)
そんな老人から視線を外してミキは内心笑っていた。
出会って初めて見た彼女の踊りに魅入られてしまったのだから。
軽く刀を叩いてミキと老人は前を行く二人を追う。
グリラが出る場所だというのに周りを気にしている様子など全く見られない。
たぶん二人とも"護ってくれる"と心の何処かで信じているのだろう。
その信頼が揺るがず絶対なだけに、護る方はたまったものでは無いが。
しばらく歩いていた四人は、ある意味木々の間を散策している感じでしかなかった。
散歩というには少し歩みが速いが、それでも体の弱い少女の体を思い急ぎ過ぎないようにしている。
茂る木々のせいで全体的に薄暗いが、ベテラン狩人が居るお蔭で進む道に困ることは無い。
比較的楽な行程を歩んでいると、不意にミキが走りディッグがボウを構えた。
前を行くレシアとカロンに追いついたミキは、背後から二人を抱き締め横に倒れ込む。
彼女たちが居た場所を勢いの無い矢が通り過ぎ、撃ち込んで来た方向に向かいディッグが矢を放った。
「どうだ?」
「枝に刺さったわ」
「なら仕方ないな」
枯葉というか、腐葉土に頭から突っ込んだ形となった二人が、口の中に入った物を吐き出しながらミキに対して恨めし気な視線を向けて来る。
「こっちも無事そうだな」
「お詫びの言葉も無いんですか!」
「助けて貰って文句を言うなよ。で、お前なら誰か居たことぐらい気づいてたんだろ?」
「勿論です。これでも私はぁっ!」
ミキの手刀がレシアの脳天にさく裂した。
「……酷いじゃ無いですか!」
「何で注意しなかった? 『誰か近づいて来たら言え』と、ここに来る前に言ったよな?」
今朝ここに来る前に念のためにレシアに言って聞かせた言葉がそれだった。
約束までは出来なかったが、それでも彼女は『分かった』と返事をしたのだ。それなのに、だ。
だが目に涙を貯めたレシアは怒った様子で吠えた。
「だって離れた場所に居たのは人じゃありませんでしたし! 『人が近づいて来たら言え』って言ったのはミキじゃ無いですか! 人じゃ無ければ言わなくても良いはずです!」
「……人じゃない?」
何気ない彼女の言葉にミキはハッとなって立ち上がると、進行方向に向かい走って地面を確認する。
それを見つけるのは簡単だった。地面に対して斜めに突き刺さった矢を。
掴み引き抜き……それを持って皆の居る場所に戻る。
「この矢に見覚えは?」
辺りを警戒しているベテラン狩人に矢を突き出し見せる。
それを受け取ったディッグは、驚いた様子で手の中の物を転がす様に確認した。
「儂が使っている矢だ」
「そうか」
「これが飛んで来たのか?」
「ああ。だから勢いが無かったんだろうな」
「普通の弓でこれを扱おうなんて……狩人だったら考えもしない」
怒りに任せて手の中の矢を折ったディッグは、それを地面に向け激しく叩きつけた。
彼の使う矢は一般的な物より短い。
だから普通の弓で射れば、引きが足らず勢いも乗らない。
「群れの長は賢くて狡猾だと聞いたが?」
「そうらしい」
矢を番い直す老人から余裕が失せていた。
ミキも右手で刀を抜いて、カロンの手を借りて立ち上がったレシアを見る。
「周りに居るであろうグリラの数は?」
「ん~。最初は三匹でしたが……」
目を閉じて軽く背伸びをして彼女は耳を澄ませる。
五感を研ぎ澄ましたレシアは、自分の視界が広がって行くのを感じ……それを見る。
「どんどん集まって来てます!」
「どっちからだ?」
「ええっと……あっちもこっちもそっちもです」
慌てた様子で四方を指さす彼女の返事は、とても分かりやすかった。
(C) 甲斐八雲
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