其の拾玖

「あの~」

「ん?」

「おね……レシアさんは?」

「たぶん日課だろうな。この村で人気の少ない開けた場所に行ってみな。足元が平らな場所ならたぶんそこに居るよ」

「……?」

「そういう生き物だ。余り気にせず探してみると良い」


 読んでいた羊皮紙の束を一度閉じ、ミキは少女の相手をする。


 相手は初めて会った時の様な男の子口調が消えて、年相応の女の子口調になっている。

 たぶん少女と気づかれ怖い目に遭うことを避けたかったのだろう。頭の回転は連れの問題児よりも良いらしい。


 口元に笑みを浮かべ、ミキは少女に目を向ける。

 年上の男性と向き合う形になったカロンは、その頬をサッと赤くして視線を逸らした。


「アイツがシャーマンだと聞いたか?」

「はい」

「踊りを操るアイツは、世界で一番の踊りが出来るようになるために、この旅でたくさんの経験を積もうとしているんだ。だから毎日暇を見つけては踊りの練習をしているんだ」

「毎日ですか?」

「そうだよ。雨が降ってても踊るんだ。……正直想像できないだろう?」

「はい」


 素直に頷く彼女に、ミキはそっと手を伸ばして頭を撫でてやる。


「踊りと食べることだけは真剣なんだよ。だから探して見ろ。きっと信じられない物が見れるぞ」

「分かりました」


 ペコッと頭を下げてカロンは走り出そうとして、軽く胸を押さえて自分のペースで歩き出した。

 その様子を見つめてクスッと笑ったミキは、ふと相手に声を掛けた。


「カロン」

「はい?」

「年相応の女の子をしている方が似合ってるぞ」

「……」


 顔を真っ赤にさせて、プイッと顔を背けた少女はそのまま歩いて立ち去っていった。


 一通り笑ったミキは、また羊皮紙を広げて読み始める。

 今朝は日の出とともに起き出し、日当たりの良い場所に座り込んで昨夜貰った羊皮紙を読み拭けていた。昔は読書や勉強など避けて通っていたというのに『場所や立場で人とはこんなにも変わるものだ』と、心の中で"彼女"に語り掛けていた。


「今日は釣りに行かんのか?」

「今夜は肉を食べたいんだと、今朝泣きながら言われてな」

「……女に弱いな」

「モテても女を抱けなかった男に言われたくは無いな」

「……アイツに会ったんだな」


 睨む様に羊皮紙を見て来た老人に軽く肩を竦める。

 何に対する怒りなのか、尋ねるのが正直怖いほどその目は怒気をはらんでいた。


「先の長くない元村長を殺して欲しいとさ」

「受けたのか?」

「レジックを見つけるまでに変な厄介事に巻き込まれるのも面倒なので『俺がその気になったら』という条件で引き受けたよ」

「……いつでもやれると言いたげだな?」

「この距離なら俺の勝ちだろう?」


 スッと腰を下ろしていつでも飛んで離れる気配を見せる老人だが、それでもミキの間合いの中に居た。


「今は腰に武器も下げてないさ」

「そうだったな」

「……狙われたことは?」

「直接は無いが、狩りをしている時におかしな方向から矢が飛んで来たことは何度かある」

「そうか」


 それ以上は尋ねず、ミキは視線を羊皮紙へと戻した。老人の目も同じ方へと向く。


「読めるのか?」

「ああ」

「……何が書いてある?」

「レジックに関することばかりだな。俺が今まで聞いて来たことが大半だが、知らないことも書かれている」

「それ以外には何が?」

「走り書きで愚痴やら不満やらは書かれているが、特別何か秘密めいた物は無い」

「そうか」


 何処か胸を撫で下ろしている様子にも見える彼にミキは軽く笑っていた。

 そして羊皮紙を読んでいて疑問に思ったことを口にした。


「レジックの居る場所にグリラが現れる理由も書かれている」

「……あの鳥を餌にしているからだろう?」

「なら留まる意味が無いよな? 安全な場所まで逃げれば良い」

「確かにな」


 老人もその答えに疑問を抱いたらしい。

 だからミキは羊皮紙に書かれていた、とある可能性を口にする。


「で、一つ聞きたい。誰か飛んでいるレジックを見た者は居るか?」

「……飛んでいる? 鳥なのだから飛ぶだろう?」


『何を言っている?』と言いたげにディッグが訝しむような目を向けて来た。

 ミキは手にした羊皮紙を軽く振ってみせる。


「これにはこう書かれている。『木々の高い所に止まっている姿を見るが、飛んでいる姿を見たことが無い。誰に聞いても同じ答えだ』と」

「まさか?」

「その通りだよ。レジックは飛ばない鳥だ。だから逃げられない」

「……ならグリラに簡単に捕まってしまうだろう?」

「その通りだ。その疑問の答えもこれに書かれている」


 フルフルと羊皮紙を振ってみせた。


「俺はレジックもグリラも見たことが無い。それぞれの大きさは?」

「レジックは子供でも抱えられる大きさだ。グリラは儂よりも大きい」

「まあそんな感じだろうな。でも恐ろしいことに、『レジックはグリラを食する肉食の鳥』だそうだ」

「あれがグリラを喰らうのか?」


 驚愕の形相を老人が向けて来る。


「これにはそう書かれている。どんな状況で食うかは知らんが、たぶんここから先がアンタにとって重要なことになるだろうな」

「何だ?」

「グリラを喰らったレジックは"生き物を癒す力"を見せるそうだ。それがあるからレジックは国鳥となった。美しさだけで無くてな」

「人も癒すのか?」

「可能性はある。ただカロンは無理だろうな。失った臓器を癒せるとは思えんからな」


 客観的な意見として、ミキは正直にその意見を口にした。




(C) 甲斐八雲

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