其の拾捌

 何とも言えぬ気持ちを抱えてミキは一人歩いていた。


 手に持つ釣竿でトントンと肩を叩きながら……西に傾いた太陽に目を向ける。


 ゼイグの気持ちは変わらなかった。

 いや……たぶん随分と前に考えることを放棄したのだろう。

 だから一番楽で簡単な結論を出し、それが正しいと思い込んでしまったのだ。

 兄の死期を知り、今までの自分の行いを照らし合わせた独り善がりの結論だが。


 自分の時はどうだったのだろうか?


 主君たる殿が病死し、自分は死後もお仕えすると言う大役を得た。

 腹を切って果てて……残りのことは全て他人任せだ。


 死する時は一緒と誓った妻である幸がどうなったのかを知らない。

 介錯を務め後を託した宮田がどうなったのかを知らない。

 家と宮本の名を継いだ弟がどうなったのかを知らない。

 剣豪武蔵は……まあきっと大往生して良そうな気がする。


 先に逝ってしまった自分は、残った者のことを全く知らない。

 本当に無責任で酷い男なのだろう。

 だから前の記憶を持ってこんな世界に放り出されたのも頷ける。


 これはある意味"罰"なのかもしれない。

 己一人自己満足して死んだ自分に対する……と、ミキは思考を止めた。


 それならば何故、宍戸が居た?

 義父に斬られて果てた彼がこの世界に居る理由は?


 苦笑気味に息を漏らして首を振る。

 最初に考えていたことから離れ自分のことを考えてしまっていた。

 少々飲み過ぎたのかもしれない。


 立ち止まって荷物を放して両手で頬を打つ。

 パンパンと叩いて気持ちを入れ替え降ろした荷物を手にして歩く。


 村長からの暗殺依頼……と言うより殺害願いは一応受けた。

 他の者に頼まれると厄介なのもある。だが引き受ける際に条件を提示した。


『仕留めるのは俺の気分次第。もし彼が生きていて、俺がこの村を出るようなことがあれば……それは気分が乗らなかったと言うことだ』


 相手はその条件を飲み、報酬は成功した時にと決まった。

 ただ前払いとして一冊に纏められた羊皮紙の束を貰い受けた。

 何代も前の村長が書き綴ったレジックに関することが書かれているらしい。


 貴重な物だと分かっていたから受け取る際に相手に聞いた。『本当に良いのか?』と。

 返答は至極簡単な物だった。『儂も兄も……簡単な字しか読めん』と。


 読めなければ貴重な物もただのゴミらしい。何度焚火と一緒に燃やそうと思ったか分からないと言われ、ミキはありがたく受け取ることにした。


 読み書きは闘技場生活で徹底的に仕込まれた一つだ。


 育ての親である奴隷頭様は……きっといつか自分がその場所を離れると察し、読み書きの出来る者に付けて学ばせてくれたお蔭とも言える。そのことに関しては感謝してもしきれない。

 読み書きが出来たおかげで増えた雑務は多かった。それには本来奴隷頭様が行わなければいけない仕事も多数含まれていたが。


 また軽く頭を振って思考を戻す。

 いやもう考えるのは止めた方が良いのだろうと判断し、考えを放棄した。

 今のままでは良い考えなど浮かぼうはずがない。


 だいぶ日も傾いて来たので急いで戻って火など起こした方が良い。レシアが気づいてしててくれればありがたいが、期待しただけ裏切れる生活にも幾分慣れた。

 急ぎ足を動かしていたミキは、それに気づいて歩を緩めた。


「……立派だな」

「ふん。こんな獲物なら簡単に仕留められる」


 家の前で獲物を吊るし解体しているディッグが、ミキが持つ桶を睨んで鼻を鳴らした。

 確かに余計な気遣いだったのかもしれないが、正直に言えば……毎食肉は辛いだけだ。


「なら今夜は魚にして明日は肉としようか?」

「分かっているなら構わんよ」

「ああ。前に元狩人をしていた仲間が居ただけだ」


 軽く桶の中身を見せつけて、ミキは相手の承諾を得る。


 狩った獲物は血抜きなどして解体すればすぐにでも食べられる。生でも食える物だってあるのだ。だが肉自体は少し時間を置いた方が美味くなることを狩人たちは知っている。腐りかけの物ほど美味いのだ。

 その線引きは経験からしか導き出せないから素人はしない方が良いらしいが。

 相手は狩人で腕利きときているから心配はない筈だ。


 鮮やかに肉と骨と内臓と皮に分けられたヤギっぽく見える動物の様子を見つめ、ミキはふと疑問に思った。『騒がしいのが居ない』と。


 目の前にこれほどの肉の塊があれば、火を起こして丸焼きの準備をしかねないほどの馬鹿だ。

 そんなレシアが静かにしていることが怖い。


「中で寝てるぞ」

「……どうも」


 辺りを見渡す様子に老人が気づき声を掛けて来た。

 多少気恥ずかしさを感じながら、釣竿などを家の壁に立てかけて中に入る。


 囲炉裏には火がくべられ、橙色の明かりが辺りを照らしていた。

 その火の向こう側で……床に転がるそれを見た。


「えへへ。ミキ~。もう……えへへへへ」

「放して~」

「えへへへへ……」


 幼い少女を抱き締めてだらしなく笑っているレシアと、必死にそれから逃れようと抵抗しているカロンの姿が見えた。

 まあどうにか仲良くやっていた様子が伺えて……ミキは軽く笑った。


「今夜は焼き魚だが良いか? 麦もあるから麦雑炊も作れるぞ」

「助けてください!」

「……肉が片付くまで相手しててくれ」

「意味が分かりません!」


 一日眠って調子が良くなったのか、少女の声に張りが戻っていた。

 寝ぼけて抱き付いて来るレシアをそのままに、ミキは外で解体をする老人の手伝いをすることにした。




(C) 甲斐八雲

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