其の拾漆

 手紙をしたためたりとミキが色々とやっている間に、レシアはクリナと共に水浴びへと行って戻って来た。

 昨日は一緒に浴びることを嫌がっていたが……今日はどうやら共に過ごせたらしい。

 ただ戻って来るなりレシアが荷物から塗り薬を取り出したのは、打撲の跡などがあったのだろう。


『自棄していたとは言え傷を負っていたのなら正直に言えば良いのに……そうすれば追われずに済むものを』とミキは生温かな視線を向ける。

 手に薬を持つレシアが丁重に断り続けるクリナの背を追って、延々と追い回す様子を見ながら彼は心の底からそう思った。




「ん~」

「どうした?」


 プニプニと自分の胸を触って首を傾げるレシアを見つつ、ミキは書き終えた手紙を丸めた。

 紙などは無いので羊皮紙に書いたのだが、どうしても羽ペンが使いづらく感じる。筆は本当に素晴らしい道具だった思い……まだ首を傾げているレシアの髪を見る。


 切って纏めればあるいは?


「ミキ」

「ん?」

「クリナさんの胸が大きいのに衣服越しで見ると目立たないんです。どうしてですか?」

「それは着痩せと言ってな……まあ体型と着ている服の作用が大きい」

「私もあんな風になれますか?」

「だぼたぼに緩んだ服を着れば出来なくないかもしれないが……たぶん歩き辛いし踊れないぞ?」

「それは嫌です。踊れないのは困ります」

「なら普段通りの服で良いじゃないか」

「でも……また大きくなった気がします」

「太ったんだろ?」

「うきょ~っ!」


 全力で飛び上がった彼女はそのままの勢いで走り出し、平坦な足場を見つけると踊り始めた。

 これでしばらくは静かだと……顔を真っ赤にしてプルプルと震えているクリナに目を向ける。


「傷は大丈夫か?」

「…………はぃ」

「切り傷は無かったらしいから大丈夫だと思うが、もしどこか痛むようなら言ってくれ。打撲の類なら経験則で大ごとになっていないか判断ぐらい出来る」


 ハッと両腕で胸元を隠し彼女はその真っ赤な顔で睨んで来る。


 やれやれと肩を竦めてミキは呆れた。


「自分の連れが居るのに他の女に手を出すほど飢えて無いよ」

「…………そうですね。昨日も、その……お静かでしたし」

「言いたいことははっきり言え。何より俺はあれに手を出してない」


 心底驚いた様子でクリナは、彼と踊るレシアを何度も見比べた。


「本当ですか?」

「ああ。それにああ見えて……まだ未成人なんだよ。まあ中身の方は年相応だけどな」


 言ってミキは苦笑する。


 別に年齢など関係無しに手を出してしまいたくなる時は多々ある。だがどうもそれをすることが彼女を"穢して"しまう様に思えて躊躇し続けているのだ。

 何より相手がそれを知るまで手を出さないと決めた身。いまさら変更などもしたくなかった。


 照れ隠しもあるが頭を掻いたミキは、書き終えた手紙を相手に手渡す。

 文字の読み書きが少ししか出来ない相手を慮って、その手紙には渡す順に番号を入れた。


「良いですね。本当に愛していらっしゃるみたいで」

「まあな」

「だからあんなに輝いて見えるんですかね?」

「さあな。でもあいつはいつも輝いてるさ。だからずっと見てて飽きない」

「……本当に愛しているんですね」


 クスッと笑った彼女は、受け取った手紙をその胸に抱くと……ポロリと一粒涙を溢した。




 全力で踊り腹を空かせたレシアの我が儘で、軽い食事を摂っていたら……本日の出発を諦めざるを得ない状況になっていた。


 ミキは天に居座る日を見て大いにため息を吐く。

 駆けてでも行かなければ日没までに次の野営地に辿り着けないだろう。だったら早々に諦めてこの場に残る方を選ぶ。


 正座している足の上に荷物を重ねられたレシアが顔を青くしている様子を見つめ……ミキは今晩使う薪を集めることにした。


 夜営の準備を済ませ日が暮れるのを待って居れば……ようやく正座から解放されたレシアが騒ぐ。進行方向を指さし『何か来ます』とはしゃいで回るのだ。

 念の為に武器を腰に差して居れば、何台もの荷馬車を連ねた隊商が姿を現したのだった。




「なるほど。ならその女性を無事王都に連れて行くことを商いにすると?」

「ああ」

「中々どうして……若いのに確りとした商人だ」


 中年の商人は屈託のない笑みを浮かべると、クリナを王都まで無事に運んで行く"商売"を受けた。商売である以上……商人たる者はその商いに対して真摯だ。決して手を抜かずに仕事をこなす。

 何より隊商と言う存在が悪さを出来なくさせる。他にも協会所属の商人が居るからだ。


 誰もが商人として大成したいと願っている。つまり悪いことをして儲ける商人を協会に"報告"することによって、商売敵を減らせる機会を見過ごすなんてしない。

 商人同士が持ちつ持たれつであっても、決して普段から出し抜かれない様に緊張した状態……それが隊商を組み商いをする商人同士の関係なのだ。


「お受けしましょう。商人として確りとした商いをしましょう」

「よろしくお願いします」




「本当にありがとうございました」


 明くる日……隊商と共に王都に向かうクリナは何度も頭を下げ続けていた。


 どこか寂し気なレシアは、折角得た美味しい料理を作る人を失うことを悲しんでいるのだと……ミキはそう思うことにしておく。

 出来れば彼女と二人で旅をしたいと思っている彼とすれば、この別れは仕方のないことだ。


「銭はこの中に入れてある。手紙はちゃんとあるな?」

「はい」

「なら道中の無事を祈ることにするよ」

「はい。私も」


 クスッと笑ったクリナは、そっとレシアを抱きしめて別れの挨拶とする。

 改めてミキの前に立った彼女は、そっと微笑んだ。


「無事に着いたら……貴方の育ての親に伝えますね」

「何て?」

「『貴方の"息子"さんは、とても優しくて良い人でした』と」


 そう言ってクリナはクスクスと笑った。

 それを受けたミキははっきりと渋い表情を見せる。


 ひとしきり笑ったクリナは、半歩足を動かし……そっと彼の肩に手を置いた。

 身長差は背伸びで補い、彼女の唇が頬に触れる。


「どうか御無事で」


 またクスクスと笑った彼女は、隊商の荷馬車へと逃げ込んだ。

 ミキはやれやれと頭を掻くと……軽くロバの尻を叩いて駆け出した。


「ミ~キ~!」

「今のは」

「問答無用です!」


 見えない彼でも解るほど……怒りの空気を纏ったレシアが、その目を吊り上げ追い駆けて来た。




~あとがき~


 これにて伍章の終わりとなります。


 予定よりキャッシバやクリナの話が長くなってしまいました。

 全体からすれば短めになってしまいましたが……このまま続けると長くなり過ぎるので。

 次章は戦闘多めで書ければ良いなと思っています。




(C) 甲斐八雲

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