其の拾伍
「テイの村?」
「はい……いいえ。違うのでしたらごめんなさい」
素直に頭を下げる相手に、ミキは手を伸ばし顔を上げさせた。
「実を言うと、王都から見て北西の方角に居るらしいと言う噂話だけを頼りに探していたんだ」
素直に手の内を明けると、クリナは驚いた様子を見せた。
「それだけの手がかりで、グリラが暴れて回っているあの地域に行こうとしていたんですか?」
「現状その言葉に否定が出来ない」
「……聞いた話を伺っても良いですか?」
「ああ。まず北西に居る。抜けた羽を見た。危険なグリラが居る。以上だな」
「……本当に噂話程度なんですね」
「本当に済まない」
悪くはないのだが、呆れている彼女の様子にミキは頭を下げていた。
「私はテイの村から離れた場所で暮らしていました。この地域の行商人は、狩人が猟で得る毛皮などを買い付けて街に運び売買をするのが多いのです。あとは生糸や織物なども扱いますが、そちらは実力のある商人たちが牛耳っているので」
「まあそうだろうな」
「だから私たちの様に小さな所は、腕の良い狩人とどれだけ知り合えるかが大切なのです」
『私の父親は人見知りで、あまり上手く人付き合いが出来なかったですけど』と彼女は笑った。
「そんな狩人の間ではこんな言い伝えがあります。『グリラはレジックの近くで群れを成す』と」
「初めて聞いたな」
「はい。狩人たちはあまり言いませんし、行商人たちも自分の商い相手を知られるのを恐れて仕入れ先など言わないはずですから」
「確かにな」
「それで現在一番グリラが目撃されているのがテイの村です。厳密に言うと……交戦状態と言って良いと思います」
「争っているとは聞いたが……それは穏やかじゃ無いな」
その言葉に頷きながら、クリナは回収できた自分の荷物の中からお茶を出して、汲んでおいた鍋の水の中に入れた。
焚火の傍に置いておくだけでも十分に温まる。
「テイの村……元村長の男性が、グリラと戦い続けているのです。理由は知りません」
「まあ俺としてはそっちの方に首を突っ込む気は無いがな」
あれが何かしでかさなければ……そう思っている矢先、両手に洗い物を抱えたレシアが戻って来た。
立ち上がったクリナはその荷物を受け取ると、手早く拭いて一つにまとめる。
余りにも鮮やかな手つきにミキは、彼女がどれだけ頑張って家事をし続けて来たのかを垣間見た気がした。
「もうすぐお茶が出来るので飲んで下さいね」
「は~い」
笑顔なレシアは定位置とばかりにミキの隣に座り抱き付いて来る。
話を聞いている時なだけに邪魔をして欲しくないが、踊りだしたらそれはそれで邪魔になるので好きにさせておく。
「そのテイの村ですが、時折レジックの姿が目撃されています。羽も見つかっていますし……その話を教えてくれた人は、その近隣で商いをしている行商人かもしれないですね」
「なるほどな。レジックは綺麗な羽を持つ鳥だってことで良いんだよな? 実はとんでもなく凶暴だとか言われると困るんだが」
「はい。レジックは基本とても大人しく、臆病な鳥だと言われています。ただ……おとぎ話とかに興味はありますか?」
一瞬訝しむ視線を向けそうになったが、抱き付いている彼女が興味を持ったのは直ぐに分かった。
腕を抱きしめている力が強まったのだ。
「聞こうか」
「実はあの鳥は、御使いだと言われていまして……その羽を与えられた者は、伝説の不死鳥と出会えると言われています。あくまで昔から伝わるおとぎ話のような話ですけどね」
「ミキ~!」
「そうだな。羽を貰えたら考えような」
言い出すことが分かっていたから先手を打って相手の言葉を止めた。
うりうりと少し強めに頭を撫でて、相手の機嫌が悪くならない様に警戒もしておく。
「レジックのことは分かった。次にグリラだ。猿人族の凶暴な化け物だと聞いているが?」
「はい。とても気性が荒く、群れを成して行動しています。集団には長の様な個体が居て、大体それは雪の様に白い毛並みを持っているのです」
「それだけが白いのか?」
「その様です。長が死んだり狩られたりして居なくなると、後を継いだ個体が徐々に白くなると……これも言い伝えなので本当かどうかは分かりません」
「ミキ~!」
「凶暴らしいから暴れなかったらな」
好奇心が強すぎるのも困る。
一通り話を終えてクリナはコップにお茶を注いで回る。
三人はその茶を啜りながら……黙っていられないレシアが口を開いた。
「クリナさん」
「はい」
「グリラと名前が似てますね」
『それを聞くんだ』と内心ミキは苦笑した。
確かに似ているなとは思っても普通口にして質問したりしない。された方だって偶然似ていた場合、どんな風に返事をすれば良いのか困るだろうに。
何か助け舟でもと考えた矢先、どこか恥ずかしそうにクリナが笑った。
「はい。実は私の住んでいた地域では……生まれて来た女の子にグリラに似せて名前を付けることが多いのです」
「訳を聞いても?」
「ええ。その存在は凶暴でとても恐ろしいのですが、見た目は白く綺麗で……美しさの象徴として、私の住む地域では昔から君臨しています。だからその美しさにあやかれる様にと名を似せるのです」
「なるほどな」
うんうん頷いているレシアは、普段通り何も考えていない様子でまた口を開いた。
「ならクリナさんにはピッタリな名前ですね。だって綺麗だから」
「いえ私よりも……」
彼女の様子から、『どの顔でそれを言いますか?』と、はっきりと伝わって来た。
「本当ですよ? 貴女の纏う空気はとても綺麗で無垢な色をしてます。ん~あれです。新雪の様な白い色です」
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます