其の拾肆

 ふとミキはそれに気づき目を覚ました。

 隣に視線を向ければ……むにゃむにゃと口を動かし鼻がヒクヒクと動いている。

 これが類まれな才能を持つシャーマンだと言うのだから信じられない。


 身を起こして彼女の鼻を抓んでみる。

 しばらく寝ていたが顔色が変化し始める。


 段々と赤くなって来て……


「ぷぁ~! 苦しいです! 何ですか!」

「寝相が悪かったんじゃ無いのか?」

「そうですか? 何か鼻を抓まれてた気がするんですけど……」


 身を起こしたレシアは、いつもながらに寝間着が大変なことになっている。

 彼の言う通り寝相が悪いのだ。いや寝ながらでも踊っているのかもしれない。とにかくどんな時でも落ち着かないのが良くも悪くもレシアの特徴だ。


 軽く頭を撫でてやりながら、ササッと彼女の服装を整えてやる。

 ん~と眠たげな眼を擦るレシアは、自分の服装の乱れなど気づいてもいなかった。


「ミキ?」

「ん?」

「とても良い匂いがします。あれです。朝から料理です」

「まあ普通に料理の匂いだよな」

「そうですよ。ミキは頭は良いのに料理はからっきしですから……朝からこんなに美味しそうな匂いが嗅げるなんて幸せです」


 パタパタと動き出してレシアは天幕の外に顔を出すと、スンスンと鼻を動かし匂いを嗅いで空を見る。しばらくその状態で止まっていると、頭を引っ込めて荷物を漁りだした。


 取り出すのは生地と針。

 流れる動作で"今日"の服を縫い上げた。


 鼻歌交じりで寝間着を脱いで服に腕を通す。

 立ち上がって出来栄えを確認するまでが一動作だ。


「今日のはなかなかの出来です」

「そうだな。お前が出来る唯一の特技だしな」

「言葉に棘があります! 言いたいことははっきりと言ってください!」

「ならお前も料理を覚えろ」

「い~や~で~す! 料理は出来るのを待つのが楽しいんです! 自分が作ってたら、どんな味の料理が出来るか分かってしまって楽しくないんです!」


 エッヘンと胸を張ってそう言ったレシアは、黙って立ち上がった彼の手刀を脳天に喰らって崩れ落ちた。




「……おはようございます」

「ああ」

「勝手に食材を使ってしまいましたが問題は?」

「肉が無いのは、この馬鹿が丸焼きにして食ったからだ」

「それでも干した川魚とかあったのでどうにか食事は作れました。パンは粉と水を練って焼いた簡単な物ですけど」


 馬鹿の首根っこを掴んで出て来た彼にクリナはそう言うと、焚火の煙の少ない場所を譲った。


「調理の妨げになるだろう? この馬鹿と顔を洗って来るからそのまま座っててくれ」

「良いんですか?」

「気にするな。それに俺たちの中では、調理の出来る者ほど扱いが良くなるんだ」


 うるうるとその目に涙を貯め込んでいるレシアを引き摺って、ミキはまず小川へと向かった。




「暖かいです。美味しいです。お肉が無いです」

「黙って食え」

「は~い」


 自分の分を確保しろと言う彼の言葉に従い、皿にオカズとパンを乗せたクリナは……それを見て呆れた笑みを浮かべた。


 残った料理……鍋を抱えた彼女の食欲は凄まじい物がある。

 作った身からすれば美味しそうに食べてくれるその姿はありがたい。だが他人の分にまで手を伸ばす勢いは正直引いてしまう。

 彼にパシッとその手を叩かれ、呆けているクリナからのオカズ強奪に失敗したレシアは、渋々鍋に残っている汁を匙で集めた。


「済まんな。食い意地が張ってて」

「いえ。美味しそうに食べてくれるので嬉しいです」

「そうか。だが食べられれば幸せな奴なんでな……味覚はあそこのロバと変わらないかもしれん」


 モソモソと草を食べるロバが、『呼んだ?』とばかりに顔を上げた。『違うよ』と軽く手を振る彼に頷くとまた草を食べ出す。

 クリナはその様子を見て手綱が無いのを不思議に思っていたが、本当に良く飼い慣らされたロバだと知って納得した。


「そうでした。これ……お返しします」

「使わなかったんだな」

「はい。今の私は、たぶん本当に底に居るから」


 使い終えた食器を地面に置いて、クリナは自分の膝を抱いた。


「今が底なら後はもう死ぬだけ。つまりもうこれ以上落ちないはずです」

「そうだな」

「だったら……今のこの時が死にたいと"思うだけ"なら、死ぬ必要はありません」

「そうか」

「……私は出来たら奴隷にでもなって、どこかで働き続けたいです」


 最後に残しておいたパンをレシアに譲りながら、ミキは相手を見つめた。


「死ぬまで働きたいのか?」

「……出来たらそうしたいです。子供が作れないのなら、せめてそうして私と言う人間が生きていた結果を残したいから」

「悪く無いな」


 良い生き方だと思えた。

 他にも良い生き方はあるかもしれない。


 それでもその答えを絞り出したのは、他でもない彼女自身だ。

 死にたいと言う誘惑と向かい合って悩み抜いて出した結論だ。


「奴隷商人には伝手があるから悪いようにはしない。俺たちはレジックを探して、このまま街道を北の方へと進んで行く予定だから……一度道を戻ることになるが、一緒に来るなら隊商と出会うまで賊や化け物からその身を護ってやろう」

「ならお願いします。食事は作りますから」

「ならレシア。洗い物はお前の仕事だ」

「は~い」


 役割を与えられれば喜んでするのが彼女だ。

 ただ素直にやるかはその時の気分次第だが。


 両手に使い終えた食器やらを抱えたレシアは、軽い足取りで小川へ向かった。

 余程食事が美味かったのだろう。


 そんな彼女に優し気な視線を向けるミキを少し羨みながら、クリナは口を開けた。


「先ほどレジックと言ってましたが」

「ああ」

「なら行き先はテイの村ですか?」




(C) 甲斐八雲

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