其の拾弐

「こんにちわ~」


 その声に前を行く二人が驚いた様子で振り返った。

 パタパタと追いかけるように歩いて来た女性……レシアは、その顔に可愛らしい笑みを浮かべて二人に向かい頭を下げる。


「行商人さんですか?」

「えっあっ……はぁ」


 突然のことで面食らったらしい男は何処か狼狽えた様子で辺りを見渡す。

 すると街道を歩きこちらに向かって来る青年とロバを見つけた。


 男は慌てた様子で左手は短剣に、右手は隣に居る女性の服の裾を掴んだ。


「あの~?」

「あっはいはい。えっと普段は行商をしていますが……」


 どうも歯切れが悪い。

 レシアは彼の全身を覆う"嘘"の空気から逃れる様に数歩足を引いた。


「済みません」

「はい?」

「実は途中で不幸がありまして」


 口を挟んで来たのは女性の方だ。

 ボサボサの黒髪もそのままに、無造作に服で体を包んでいる様な野暮ったい感じがする。

 焦燥しきった様子の表情からは、整った顔を台無しにするほど生気を感じない。どこか口調が捨て鉢だ。


 何よりレシアが気になったのは、彼女の全身を"悲しみ"の空気が覆っていることの方だった。


「不幸ですか?」

「はい。実は賊と出会いまして」


 そこで相手の言葉が止まってしまった。

 隣に立つ男が彼女の腕を掴んだ瞬間に。


 込み上げてきた感情が喉を突いたのか、うっと声を発して彼女は口を手で覆う。

 悲しみと恐怖の色が濃くなったのを見て、レシアには二人の間に何かがあったことは理解出来た。


「うちの連れが何か悪さでもしたか?」

「いえいえ。こちらの方の都合でして」


 ようやく追いついた青年……ミキが会話の輪に加わる。

 自分の役目は終わったとばかりにレシアは彼の腕に抱き付いた。


「何かあった様子だな」

「はい。実は先日賊に襲われましてね。この子の両親がその……」

「そうか」

「ええ。それで途中追い抜いた隊商の所まで戻っている途中なんですよ」

「そうか」


 思わず笑ってしまいそうになるミキの腕を、レシアはきつく抱き締めた。

 こんなにも酷い嘘を見逃すのは、正直何かの罰を受けているかのようだ。


「自分たちはこの街道を王都から歩いて来たのだが……どこで襲われたんだ?」

「はい。……先日の夕暮れ頃に」

「なら野営地の近くと言う事か?」

「はい」


 会話もそぞろに適当に頷き会話をしている男は、よほどこの場を離れたがっているのか……本当に酷過ぎる。

 服装からして旅の行商人には見えない。食い潰れのゴロツキの類だろうか。


 ミキはため息交じりでそのことを告げた。


「悪いことは言わんが……正直その嘘をどこまで付き合えば良い?」

「なっ! 何を言います!」

「言ってて気づかないのか? 進行方向が同じで、後から来た俺たちが追いついた訳だ」

「あっ!」


 致命的なミスに男は気付いた。


 先日の野営地……ならその場所にミキたちも居たことになる。

 ミキたちの他にも確かに王都に向かう行商人は居た。その近くで賊が出て人殺しなど起きていれば騒ぎにもなっているのだ。だがそんな話など一つも聞いていなかった。


「……私たちは野営地では無くて」

「それにこの辺では野営地以外で寝泊まりする馬鹿は居ないだろう? 化け物がそこから出てくるかもしれない状況でな」

「……」

「正直に言え。追いはぎか何かか?」

「……えいっ!」


 男は掴んでいた女性の腕を引き寄せその首に腕を回す。ハッキリと分かる人質だ。


「ごちゃごちゃうるせえんだよ!」

「人を騙すならもう少し頭を使え」

「うるせえよ!」


 もたもたしながら空いている手で腰に吊るす武器を引き抜く。

 ミキは抜かれた剣の刃を見て何となく理解した。その刃が油で曇っていたのだ。


「その女性の家族を殺して……奴隷として売ろうとしていたのか?」

「ちっ!」

「単独で動く行商人を狙う賊か」

「ああそうだよ! 分かったなら武器を捨てて」


 スラリと迷うことなく刀を抜いたミキの行動に男の口が止まる。


「賊なら迷う必要は無いな」

「ふざけるな! こっちには人質が、はぁっ!」

「そうか。でもそっちはずいぶん前から俺の間合いの中だ」


 片手平突きで相手の喉を貫き、彼は刃を振り抜いた。

 首の半ばから断ち切られた男は、鮮血をまき散らすと……女に抱き付く様にして地面へ崩れ落ちた。


「確かにお前は商人では無いな。喧嘩を売る相手を最初から間違えているんだ」


 心の中で『南無八幡大菩薩』と唱え、ミキは崩れる男に巻き込まれた女性の腕を掴むと……相手を引き起こした。


「ミキ~?」

「踊ったら水場を探すしかなさそうだな」

「それもですけど……その人の家族も」

「……そうだな」


 返り血を全身に浴びた女性は、絶望に包まれたままだった。




 どうにかポツリポツリと話す女性の言葉を聴いて、ミキたちは今来た道を引き返す。

 少し戻ってわき道に入ると二つの遺体を見つけた。男女だった。


 何でも家族三人で王都に向かう途中……体調を崩し道端で蹲っていた男性に声を掛けた。

 それが運の尽きだった。


 まず父親が石で殴られ倒れた所を短剣で突かれた。

 助けようと駆け寄った母親が喉を突かれた。

 それを娘である彼女はただ眺めていた。


 両親を殺した男は荷物を漁ると、遺体を街道の脇へと投げ捨てた。

 そして彼女も街道脇へと引き込まれ組み敷かれ……彼の気が済むまで凌辱されたのだ。


 言葉を溢す様に出来事を語る彼女の話を聞くのはミキだけだ。

 レシアには早々に踊りを頼んだ。


 聞かせたくない話だと最初から分かっていたから……大切な人を最初から遠ざけておいたのだ。


 シャーマンの踊りで鎮魂を済ませた遺体はその場に捨て置く。

 躯はやがて自然へと帰るのが道理だからだ。


『遺品は?』と問う彼の問いに、彼女は力無く頭を左右に振ったのみだった。


 それから歩みを急ぐことで明るいうちに野営地に辿り着いた。

 基本野営地は水場が近くに在る。随分と遅くなってしまったが、女性をレシアに任せて小川へ向かわせ……あとはいつも通り夜営の支度をしながら、ミキは彼女たちの帰りを待った。




(C) 甲斐八雲

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