其の拾壱

 贅沢は控えようと決めたはずだったが、短期滞在で宿屋を移動するのも手間だと言うことで、食事などを質素にすることで部屋は移動しなかった。

 二泊三日ほど王都シュンルーツで過ごし、ミキたちは旅支度を整えた。




「ミキミキ」

「ん?」

「これは何ですか?」


 荷物の中に置かれている小箱を手に取ったレシアが、疑問の目を向けて来る。


「ああ。シュンルーツの名産で、何でも甲虫の皮らしい」

「虫の皮ですか?」

「そうだ。キラキラと輝くそれは、小物作りなどの飾りとして使われるんだ。手軽で重く無くて買値より高値で売れる傾向があるから買ってみた」

「へ~」


 確りと封されているので箱を開くことが出来ないが、軽く振って中身が入ってる様子を確認したレシアは……そのまま袋の中へと元に戻した。

 興味は在れども勝手に開ければ怒られるのは必至だ。なら開けないに限る。


「食料はこれぐらいで良いんですか?」

「シュンルーツは街道が確り整備されているから、途中で食料など手に入れやすいんだ。ここに来る時も行商人とか良く見たろう」

「……余り気にして見てませんでした」

「隊商に居ると仕方ないな。たまには周りの様子にも目を向けておけよ」

「は~い」


 パタパタと走って行った彼女は、肉の塊を抱えて戻って来た。

 途中で手に入ると言っても彼女からすればそれが常備品なのだ。


 購入する時に揉めて泣きながらお願いされて渋々買ったミキとすれば……日持ちを考えると今夜から肉料理が続くことに軽く胸焼きを覚えた。


「さあミキ。何たらって言う鳥を見に行きましょう」


 肉を抱いたまま笑顔の彼女に……とりあえず軽く手刀を叩き込んだ。




 街道が整備されていると言うことは、安全はある程度確保されていると言うことだ。

 頻度としては一日に一度程度だが、巡回するシュンルーツの兵の姿を見る。

 それでも湧き出て来る水の如くに賊などは自然発生するし、人の住む場所にまで降りて来てしまった化け物なども襲いかかって来る。だから商人たちは集まり隊を作って行動したりするのだ。


 それでもミキたちは二人と一頭で街道を進んでいた。


 木々が茂る街道を首輪を外された犬の様に、あっちに行ったりこっちに行ったりとレシアは慌ただしい。彼女の様子を常に視界に入れながら、ミキはロバと共に一定の速度で進んでいた。

 このペースで行けば野営地として整備されている場所まで早く着くかもしれない。


 出来たらその前に隊商に出会いたいと、ミキは考えていた。

 誰かが良く食べるものだから肉の塊がわずか四日で無くなってしまったのだ。

 ずっと歩いているし、その動きに踊りの部分も含まれているから空腹になるのだろう。そう思うことで相手の食欲に目を瞑る。


「ミキ~」

「ん?」

「誰か居ますよ」

「何人ぐらいだ?」

「ん~。二人ぐらいですね。このまま行けば見えて来ると思います」


 シャーマンとして強い力を持つ彼女の探知能力の高さにはミキも舌を巻く。

 今の様にちゃんと使ってくれれば本当に有能なのだ。


 ミキは軽く腕を組んで頭を働かせる。


 街道を隊商に混ざらず歩くのは余程腕に自信があるのか?


 自分たちは確りとした役割分担が出来ているからこそ街道を歩いて進んでいる。

 賊など出て来れば全て斬り捨てるつもりで居るし、化け物相手なら人の目も無いしレシアの出番だ。友達にしてしまえば問題無い。それが無理なら斬り捨てる。


 だが自分たち以外でそれを行うのはどんな理由があるか?


「レシア」

「はい」

「本当に二人だけか?」

「……二人だけですね」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、彼女は前方の方に目を向けている。


「たぶん男の人と女の人かな?」

「男女で街道を歩くとは豪胆だな」

「私たちもそうですよ?」

「……確かにな」


 ただこっちはある意味特別な組み合わせだ。

 舞台上がりの解放奴隷と白の飾り布を持つシャーマン。


 これほど野外活動に適した組み合わせは居ないとミキは思っていた。


「一応気を付けてくれるか?」

「は~い」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねる彼女の足取りは軽い。


 気を付けろと言っているのにこの態度なだけに……たぶん罠や伏兵などの危険は無いとミキは判断した。

 彼女の動物的な感はある程度信用出来るからだ。


 念の為に左手を刀の柄に当てて歩いていると、その後ろ姿が見えて来た。

 彼女が言った通り男女の組み合わせだ。そんな二人が同じ進行方向に向かい歩いている。

 そうなると腑に落ちなくなった。自分たち同様に王都から離れて進む二人組の存在がだ。


 この世界の旅人は比較的安全を買った行動をする。

 それは敵が賊だけでなく化け物と言う人間の力ではどうにも出来ない存在が居るからだ。


 だが前を行く二人は?


「レシア」

「はい?」

「お前のシャーマンとしての力を信じたい」

「……任せて下さい」


 走り寄って来た彼女はポンと胸を叩いて軽く咽た。

 半ば呆れた視線を向けつつ相手の頭を軽く撫でる。


「あの二人……どちらか嫌な空気を纏っていないか?」

「嫌な空気ですか? それだったら男の人の方ですね」

「どんな感じだ?」

「う~ん……。たぶん嘘と興奮の空気だと思います」

「そうか」


 どうやら厄介事が転がって来た気がした。

 ミキは軽く笑うと、そっと彼女に向かい耳打ちした。




(C) 甲斐八雲

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