其の玖

「ダメですミキ。私はもう……」

「調子に乗ってあんなに果実を注文するからだろ」

「見たことの無い果実が悪いのです。悪いのは果実です」


 満足そうな笑みを浮かべてベッドに倒れ込んだレシアは、少し膨らんでいるお腹を摩る。

 自分でも限界を超えて食べた自覚はある。あり過ぎるほどに。


 流石にそんな様子を見ていたミキは、深くため息を吐き出し……彼女に対する最も強力な劇薬を口にした。


「……贅沢ばかりしていると、自然から嫌われるぞ?」

「ふんにゃ~っ!」


 ガバッと起き上がり、その拍子で何かが昇って来たのか口元を押さえ……顔を上げて飲み込んだレシアは、青い顔をして自分の周りを見渡す。


「ふにゃ~っ! ごめんなさい。ごめんなさい」

「……本当に嫌われたか?」


 ベッドの上で土下座している彼女の様子から、どうやら冗談で済まない事態に陥っていることが解った。ただ"こちらの世界"の住人であるレシアが土下座を覚えてしまったのは……ミキは何と無く心の中で反省した。


「あう~」


 ボロボロと涙を溢す彼女が本当に可哀想になって来た。


 どんなに目を凝らしても……自然の力と言う物は見えない。

 彼女が言うには色のような物で見えると言うのだが。


 ベッドの端に座り泣いている相手をそっと抱き寄せる。


「怒られました」

「良い薬だ」

「……ミキが悪いんです。もっとこう強く止めてくれないから」

「責任転嫁と来たか。また嫌われるぞ?」

「うにゃ~んっ!」


 必死に頭を下げ続ける彼女を見て、確かに少し贅沢が過ぎる気もしていた。

 このところ実入りの方が多いばかりに節約など気にもしていない。


「贅沢は今日までにして……今後は節約に努める生活をしないとな」

「はい」

「で、許して貰えたのか?」

「……たぶん」


 どこか不安げな表情で辺りを見渡しているレシアは、迷子の女の子の様にすら見える。


 軽く手を伸ばしその頬を捕らえると、いつもの様に甘える仕草を見せて来る。

 両手で掴んでスリスリと頬を擦り付けて来る様は本当に可愛らしい。


「ほらレシア」

「はい?」

「お前の『ごめんなさい』はただ頭を下げることじゃないだろ?」

「ん?」

「立って踊れよ」

「……はいっ!」


 そっと顔を寄せてキスをした彼女は、その動きでベッドから降りる。

 とととっと、軽い足取りで部屋の中央に進みスカートの裾を手にすると軽く礼をした。

 ゆっくりと踊りだし……そのまましゃがんだ。


「お腹いっぱいで踊るのは自殺行為だと思うが……大丈夫か?」

「ミ~キ~!」

「一度戻した方が楽になれそうな気もするんだがな」


 また必死に昇って来た物を飲み込んだレシアは、その場で動くことを止めてジッと彼を見つめる。

 恨みのこもったその視線に肩を竦め……これと言った解決策が思い浮かばなかった。


「寝るか?」

「……体を洗ってきます!」

「なら濡らした布を先にくれ。軽く拭いたら今日は休むよ」

「お湯を浴びないのですか?」

「そんなに寒く無いからな。明日の朝にでも残った水で軽く洗うさ」


 彼はそう言うと、先に布を手に取って湯が入れられている桶の元へと向かった。




「兄ちゃんはこの街は初めてかい?」

「ああ」

「商売人で?」

「いや違う。護衛をしながら街々を巡っている」

「ふ~ん」

「この街に来たのは国鳥を一目見たいからなんだが……何か知らないか?」

「レジックか。一部の金持ちが屋敷の中で飼っているとかって噂は耳にするがな」

「どんな些細な噂でも良い。舌の回りが悪いと言うならワインを頼むが?」

「分かってるじゃないか。おう! こっちにワインだ」


 街の中を探せばどこにでもある酒場。その場所の一つにミキは来ていた。


 最初から一人で来る気だったので、隣で眠るレシアはそのままにして来た。

 こんな場所に連れて来ようものなら間違いなく騒ぎを起こす。経験になる厄介事なら歓迎だが、酔っ払いの相手などしたくなかった。


 それにお腹いっぱいで湯浴びまで済ませたレシアはぐっすりと眠り、軽く頬を抓ってみたが起きる素振りも見せなかった。

 今もスヤスヤと眠り続けているはずだ。


 ミキは点々と店内を移動しては酒を奢って噂話を集め続ける。どれも決定打に欠ける物ばかりで……やはり絶滅したと言う話の方が真実味を帯びて来ていた。


「レジックかい?」

「ああ」

「……北西の方に居るらしい」

「本当か?」

「ああ」


 数えて十人を超えた頃……一人の商人風の男からそんな話がこぼれて来た。


「俺は行商の仕事をしていてな、仕入れであっちの方に行くんだが……森の奥深いところに居るらしい」

「本当に?」

「たぶんな」

「根拠は?」

「……劣化してない羽を見せて貰った。あの鳥の羽は特殊なんだ。自然と抜けたりむしったりした羽は、日を追うごとに傷んでしまう。だが自ら抜いた羽は痛むことなく永遠にその美しさを残すと言われている」

「初めて聞いたな」

「この国の一部の物好きしか知らないだろうさ」

「良く知っていたな」

「うちの爺さんが羽振りの良かった頃に飼っていたんだ。それで色々な話を聞かされてな……」


 商人は何処か懐かしむ様に視線を遠い場所へと向ける。

 だいぶ酔っているのかもしれない。求めなければ奢らない方が良いかとミキはそう判断した。


「ただし行くなら気を付けろ」

「猿人族か?」

「ああ。猿人……グリラは群れを成して襲って来る厄介な化け物だ」




(C) 甲斐八雲

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