其の捌
「確認が取れました。この度のご依頼は?」
「この現金を預けたい」
「すべて金貨にございますね。枚数のご確認はなされていますか?」
「相手を信じて数えていない」
「そうですか。ではこちらで枚数を確認してご報告いたしますか?」
「そんな手間は要らんよ。預かってくれればそれで良い」
豪胆と言うか無頓着なのか……受付の女性は目の前に居る若者の対応に圧倒されてしまった。
「……分かりました。手続きに時間がかかりますのでお待ちください」
「ああ。この街で良い宿を探しているのだが、どこか紹介してくれる所とか無いか?」
「はい。でしたらこの奥にある"サロン"へお向かい下さい。そこで当施設の係りの者がお客様からのご相談等受けておりますので」
「分かった」
「それと"チップ"と呼ばれる少量の硬貨を支払う通例がありますのでご注意を」
「ご忠告痛み居るよ」
クスッと笑う受付の女性に軽く肩を竦めたミキは、カウンターの上に銀貨を二枚置いた。チップとしては多過ぎるくらいだが、それは折角の情報と注意をくれた相手に対する敬意だ。
本当に気前の良いお客に対し受付の女性も輝かんばかりの笑顔を向ける。
「それでお客様? あちらの女性は……」
「連れだ。言わなくても良い。こんな場所に来て浮かれているんだ」
「他のお客様が騒ぎ出す前にお掴まえ下さい」
「ああ分かっているよ」
身分証の引換に用いる札を受け取りミキは女性に別れを告げると、始めて来た商人の寄り合い所を見て回って踊り出しているレシアの元へと急いだ。
「拳骨は酷いです」
「なら踊る場所は考えろ」
「だって……広くて気持ち良さそうでしたから」
殴られた頭を両手で押さえ涙目のレシアは、上目遣いで相手に視線を向ける。
甘えている様子がありありと伺えるが、今は人目があるからあっさりと受け流す。
どうやら相手にされていないと察した彼女は、えいッとミキの腕に抱き付いて来た。
「無視は酷いです」
「少しは恥じらえ」
「ん? これって恥ずかしいことですか?」
「……まあ良い。少し黙っててくれ」
歩き言われた場所に辿り着いた。
サロンと呼ばれるそこはそれなりの広さがあって、所員らしき者と商人とが立ち話をしている様子が見える。
ミキはレシアに抱き付かれたまま、壁際で待機している女性所員に声を掛けた。
「済まない。話を聞きたい」
「はいどうぞ」
「今夜は良い宿に泊まりたいのだが、何かおすすめの店はないか?」
「宿屋にございますか。何か宿屋に求める物はございますか?」
「そうだな。ベッドがそこそこ広くて、湯浴びとは言わんが髪を洗えるのなら文句はない」
「それでしたらこの近くに数件ございます」
笑顔で答える女性所員に、クイクイと抱き付いているレシアに腕を引かれ彼はそれを思い出した。
「あと馬小屋が立派なところが良い」
「馬小屋……ですか?」
「ああ。ここまで来るのに連れているロバが本当に良く働いてくれたんでな。出来ればそのロバに良い物を食べさせてぐっすりと休んで貰いたいんだ」
「……少々お待ちください」
想定の斜め上を行く問いかけに、彼女は何処かへと走って行った。
ロバの為に良い宿屋など質問されたことなど無いのだろう。
意地の悪いことをしたかもしれないと思いつつ、ミキは腕に抱き付いている彼女の頭を撫でて待つこととした。
「ほぇ~」
気の抜けた声を上げているのは宿を見て圧倒されたレシアだ。
彼に連れられて来た宿屋は、大きくは無いし飛びぬけて外見が綺麗には見えない。
ただ古そうに見えるたたずまいは、重厚な感じのする木々で作られた確りとした印象を受ける。
「ミキ~」
「どうした?」
「何て言えば良いのか……凄く良い感じのするお店です」
「頑張って言葉にしてみろ」
「むむむ。あれです。太くて大きな古木を見るような安心感を覚えます」
「ふむ。何でもこの王都で一番古い宿屋らしい」
「そうなんですか」
「だから王族も使っていたから馬小屋が一番立派なのだとか」
「ならこの子も確り休めそうですね」
ヒシッと首に抱き付くレシアを煩わしそうに見つめるロバの目は何処か冷たい。何かあれば過剰に接する彼女の愛情表現に辟辟しているのかもしれない。
ポンポンとロバの頭を撫でてやり、ミキはとりあえず受付をする為に宿屋へと向かった。
『ロバに良い食事と水をたっぷりと頼む』
宿に入ったミキの第一声がそれだったからか、店の者に訝しむような目を向けられてしまった。それから一番良い部屋と髪を洗う為に水か湯かをと注文する。ようやくそれで上客だと判断されたのか店の者の対応が様変わりする。
『滞在期間は? お食事は?』と一通りの受付を済ませて二人は部屋へと向かう。
「にゃ~ん!」
部屋に入るなりレシアはベッドに飛び込んだ。
一番と言ったのが間違いだったのか本当に広くて綺麗な部屋に案内された。
木目調を主体にしている室内は落ち着いた感じがして悪くない。何より彼女が気に入ったのは、ベッドのシーツや布団などが日の光にさらされ太陽の匂いが十分に染み込んでいるからだ。
こんな木陰だらけの街でよくこんなに日の光がと感心してしまうくらいに。
「レシア」
「ん~」
「寝るなら食事と湯浴びをしてからにしろよ」
「ん~」
「……そのベッドから今すぐ離れろ」
全力で布団に抱き付いた彼女は、はっきりと拒絶の姿勢を見せる。
やれやれとため息を吐いた彼は……軽く腕を回してベッドへと向かうのだった。
(C) 甲斐八雲
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