其の漆
「ミキ見て下さい!」
「ああ」
「凄いです。森が街です! いえ街が森です! 森な街ですか? 街が森で街なので森街です!」
「良く分かった。お前の頭の悪さが」
「そっちですか!」
並んで歩く二人と遅れて歩くロバ。
古都ファルーフは交通の要所なので行き交う商隊は多い。
その一つに護衛として加わったミキたちは、半月の時間を過ごし……ようやくシュンルーツ王国の王都シュンルーツに辿り着いた。
少ない語彙で頑張ったレシアが言う通り、王都は木々の中に街が存在していると言っても過言ではない。
街が先か木々が先か……そう考えると、歴史を知る者は笑って答えるであろう。『両方だ』と。
この街では建物を作った分だけ木々を植え育てて来たのだ。結果として街が栄えれば栄えるほど植えられる木々が増えた。"木々と同化した街"と言われるようになるほど。
旅の途中、隊の商人たちからそんな話を聞いてはいたが現物を見れば誇張では無いと頷ける。
「こんなに木が育ってると……日の光が余り届かないですよね?」
「洗濯物は乾きそうにない街だよな」
空を覆う太い枝を見上げ、二人は正直な気持ちを口にしていた。
「いや助かったよ。本当ならこのまま目的地まで一緒に行って欲しいものなのだがね」
「申し訳ない。この王都で話を拾ってどうしても"七色の翼を持つ鳥"を見たいので」
「仕方ないな。もしまた縁があったらその時は頼むよ」
商隊の護衛を束ねている商人の一人と挨拶を済ませる。
食料の面倒をみて貰っただけでも十分なのに、彼は少なからずの銭を手渡して来た。
道中で狩った熊っぽい化け物の皮が良い値で売れるらしい。
どこか前に聞いたような話だと思いながらもミキは強く断ることもせず、あっさりとそれを受け取っておいた。
相手の善意なのだから頭ごなしに断り続けるのは、相手の矜持を踏みにじる行為になってしまう。なら一度断ってそれでもと言うなら受け取ってしまった方が厄介事を抱えずに済むのだ。
そこそこの重さを感じる小袋を懐に入れ、ミキは離れた場所で視線を忙しく動かしている連れを追った。
『話が済むまでそこで待ってろ』と言ったのにもかかわらず、彼女は自然と足を動かし新たに得る刺激に興奮している様子だ。
暴走して走り出さなかったのは、頑張って服の裾を噛んでいるロバのおかげだが。
『今夜は出来るだけ贅沢な食事を与えてやらないとな』と、ここ最近レシアの押さえ役をしてくれるロバに最大限の敬意を払うことに決める。
「ミキミキ! どこに行きましょか! どこが良いんですか!」
ようやく駆けて来た彼にキラキラと輝く目を向けレシアは、今にも走り出しそうな勢いだ。だからまずミキは、相手の首根っこを掴むと……大きく息を吐いた。
「なんだか今から怒られそうな感じがします!」
「奇遇だな。俺も怒りだしそうな気がしていた」
「にゃ~ん。こんな自然溢れる場所で黙って立ってるとか無理です」
「……そうか。なら仕方ないな」
自然を愛する彼女の言葉に嘘は無い。なら本当に我慢が出来無かったのだろう。
ただ相手が走りださないよう左腕で相手の腕を挟む。何故か嬉しそうな仕草見せたレシアは、彼の腕に抱き付いて来た。
「ミキ。まずはどこに行きますか?」
「……貴金属を商売している商人の所かな」
「はい?」
「お前って奴は、このロバの背に乗る箱を疑問に思わないのか?」
「ん? そう言われるとこの子が来た時からずっと背負ってますね」
鼻を動かし匂いを嗅いだレシアは、全くの無味無臭に興味を示さない。
食べ物の匂いがすれば開けもしただろうが、それ以外の物に手を出すほど馬鹿では無い。あとで気づかれた彼に怒られるのが嫌だからだ。
やれやれと言った様子で息を吐き、ミキはロバの背に乗る箱を叩いた。
「ガギン峠で報酬として貰った物だよ」
「中身は何ですか?」
「金銀財宝が入ってるらしい」
「ん~。あまり興味が湧かないですね」
「お前に似合う物もあるかもしれないぞ?」
「私としたらそんな物より食べ物の方が良いです」
「『花より団子』か。まあお前らしいな」
「へへへ。褒められました」
ニコニコと笑う相手に疲れた様子の笑みを返して、ミキは商隊の商人から教わった店へと向かった。
「思いの外高く売れたな」
「ですね」
「……流石にこんな大金は持って歩けないし、商人協会と言う場所に向かって宿を探そう」
「はい。今夜はベッドで寝たいです」
「今夜だけで良いのか?」
「ん~。隣にミキが居ればどこでも良いです」
貴金属店を出て歩くミキは、本気で言っているのが伝わる相手の表情にやれやれと肩を竦める。
そんな風に言われて嫌な気持ちになったりはしないが、流石に行き交う人もいるので恥ずかしい。
「なら今夜は少し贅沢して、湯を浴びられる様な宿を探してみるのも悪くないな」
「良いです! ここ最近はずっと拭いてばかりでしたから……出来たら髪を洗いたいです」
「分かった。ついでに協会で宿のことを聞いてみるか」
「ですね。あ~! それとミキ」
「ん?」
「この子にも良い馬小屋をです」
後ろを振り向きゆっくりとついて来るロバに視線を向ける。
恐ろしいほどマイペースな彼は、軽く顔を上げるとクワッと欠伸をした。
「レシアより働いてたからな。お前の飯もコイツにやるか」
「ミ~キ~!」
(C) 甲斐八雲
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