其の陸
「改めて言うが……お前の連れは本当に凄いな」
「そうだろう」
「ああ。何より一緒に旅が出来るお前も凄いのかもしれないが」
どこか歯切れの悪い曖昧な笑みを浮かべて、キャッシバは右手を突き出してきた。
ミキは軽くそれを握り返し別れの挨拶とする。
「もしお前に何か伝えることがあれば、どこに伝えれば良い?」
「シュバルかガイルか……あるいはクックマンだな」
「あの女好きはまだ商人をしているのか?」
「女で失敗しているがな。嫁に逃げられ晴れて自由の身だと威張ってたぞ」
「見習いたくは無いが羨ましい話だ。分かった。商人を続けているなら横の繋がりもあるだろうから、何人か声を掛ければ言伝ぐらい頼めるだろう」
やれやれと言った様子で頭を掻き……彼は、戦士たちから餞別代りにお菓子や果実を貰っているレシアに目を向けた。
彼女の手首に巻かれている白い飾り布がなんであるかをゆっくりと思考する。
「噂だが……シャーマンは南部に連れて行かない方が良いらしい」
「理由は?」
「そこまでは知らんよ。ただ南部に赴いたシャーマンはそれ以降戻らないそうだ」
「……分かった。気をつける」
「行かないと言う選択肢が出て来ないお前も本当は凄い奴なんだな」
苦々しく笑い……彼はミキの胸を軽く叩いた。
「生きてまた会おうな」
「ああ。順序が間違わなければ先に逝くのはあんたの方だ」
「そうだな。そうあって欲しいと思うよ」
渋々といった様子で歩いて行ったロバが、両手いっぱいの荷物を抱きしめている彼女の服の裾を噛んでそろそろ行こうと急かしている。
普通に手綱も付けられずに野放しにされているロバだが、本当にロバなのかと思うほど賢い。
「まず向かうのは王都か?」
「その予定だが……」
「歯切れが悪いな?」
「いや……少しばかり早とちりをしてしまってな。"七色の翼を持つ鳥"の噂は知ってるか?」
「シュンルーツの国鳥だろ? 絶滅したとか森の奥に数羽居るとか言われる」
「それだ」
「それがどうした?」
「……あいつがどうしても見たいと言うんでな」
「……気の毒にとしか言えんな」
シュンルーツの国鳥"レジック"は、その美しい姿から貴族などの富裕層に愛され乱獲が進んだ。
絶対数が減少し、それに気づいて捕獲禁止を出したが時すでに遅く……絶滅したとも言われるほど姿を現さなくなってしまった幻の鳥だ。
ズイゾグの村で気落ちしていた彼女を元気づけようと口にした話だったが、レシアはそれを確りと覚えていて見に行く気満々なのだ。
それだけにミキは内心で頭を抱えていた。
どこか疲れた様子に見える青年心中を察し、キャッシバはあくまで噂話だと前置きして言葉を続けた。
「シュンルーツの王都。まあシュンルーツだが……そこから北西の方角に木々が濃く茂る地域がある。その辺りの狩人が見たと言う話がある」
「なら王都に寄ってそちらに向かうよ」
「ああ。だがその辺りにはこの国一番の凶暴な化け物が生息していることでも有名だ」
「凶暴?」
「一部では猿人族と呼ばれるモノだ」
「あの腕長の?」
「あれとは桁が違う。イルドが群れを成して生活していると思えばピンと来るか?」
「何となくな。巨人族の集団と大差ないな」
「……お前はそんなモノまで見たのか?」
「あいつと居ると色々な友達を紹介されるんでな」
冗談でも言われたのかと思いもしたが、相手が子供の頃からその手の冗談を口にしないことは良く知っていた。
だからたぶん事実なのだろうと判断し、キャッシバは内心で呆れるしかなかった。
「おかげでとりあえずの方向性が決まったよ。王都で話を集めて似た話が多いようなら北西に向かう。どうせ北部に向かう予定だったし丁度良い」
「そうか。少しぐらい助けになったのなら俺も嬉しいよ」
軽く笑い彼はもう一度青年の胸を叩いた。
出会った頃は骨と皮だけの薄汚れた相手が、今では自分より背丈も高くなって……何より相手の胸板を叩いた手がハッキリとそれを感じている。鍛え上げられた胸板の存在を。
「お前ほどの腕があるならどこに行っても仕官口があるだろうに……どうしてそんな無茶な旅をするんだ?」
だからこそ聞きたくなるのだ。
才能も若さも何もかもある青年が、それでも自らを危険にさらして旅をする理由を。
ミキは軽く自分の頭を掻くと、どこか恥ずかし気に顔を綻ばせた。
「強くなりたいんだ」
「強くって……今よりか?」
「ああ。今よりもっと強くなりたい。もっともっと強くなってこの世界で一番になりたいんだよ」
その口調や思考から達観して見られるミキだが、その時ばかりは年相応の表情を見せた。
恥ずかしそうに……でもどこか誇らしげに、自分の胸の内を口にしていたのだ。
(ああ。俺も本当に齢を取った訳だな)
軽く頭を振ってキャッシバはポンポンと相手の肩を叩く。
ロバに引きずられる様にして彼の連れがこちらに向かって来ているのを教えたのだ。
まだ戦士たちからの餞別を欲しているのか、抵抗著しい彼女の服が危ない状態になっている。こんな飢えた男たちの中で下着姿を晒すのは良くない。
無言で頷いた彼は、真っ直ぐ歩いて行くと……まずロバの頭を撫でて労をねぎらい、次いで彼女の脳天に手刀を叩き込んだ。
しゃがみ込みつつも腕の中の物は離さず、怒った様子で彼女が吠える。
それをやれやれと呆れた様子の彼が……二度目の手刀を構える。
(あんな馬鹿を出来るほど、俺の若い頃には余裕が無かったな。生きるのに必死で……未来のことなんて全く考えていなかった)
それが彼と自分との決定的な違いだ。
自分が死なないことばかりを考え戦っていた。
強くなろうとする意味は別の為に存在していたのだ。
(C) 甲斐八雲
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