其の伍

「それでミキよ」

「ん?」

「さっきランザにここを離れると申し出たそうだが……本当に行くのか?」

「ああ。元々ここに寄ったのは情報を拾い集める為だったしな。キャッシバに会えたのはただの偶然だ」

「はっきり言いやがる。これでもガイルには住んでる場所を伝えてあるんだがな」

「俺があの場所にどれほど居たと思う? ハインハルやブライドンの村々を回れば古い知り合いなんて腐るほど出会えるだろうさ」

「違い無いな」


 レシアが食べ終えた頭と骨だけの魚を焚火へと投げ込み……ミキはそっと彼女を抱きしめた。


「解放されて出て行く者を見送って来たし、屍となって捨てられる者もたくさん見て来た」

「そうだな。俺みたいに解放されてから、渡りで他の所に行って死んだ奴も居るだろうしな」

「ああ。出世を夢見て兵になる奴もいる。……戦うことが悪いとは言わないさ。俺だって舞台に上がってイルドを斬って捨てた訳だしな」

「言わなくても分かるさ。俺たちは"戦士"だ。常に戦いに身を投じて来た。畑を耕すよりも武器を振り回す方が上手な……ダメな男なんだろうな」


 苦い表情でキャッシバもワインを煽る。


 今この場で酒を飲み談笑している戦士の大半は、"普通"に暮らすことの出来ない者ばかりだろう。

 ミキとてそれを自覚している。前の世では……それでもどうにか生活で来たのは、それを許す形式が出来上がっていたからに過ぎない。


 だが今居る世界は?


「まあいつかは武器を置いてクワを握る日が来るってことさ」

「キャッシバはその日が近そうだがな」

「……今は考えるのをよそう」


 苦々しく笑う男性を見てフッと足を振り上げたレシアは、それを地面に向けて振り下ろす勢いで体を起こし立ち上がった。

 もし抱きしめていたミキが腕を外さなかったら……彼女は最初からそんなことなど考えない。

 何故なら相手は自分より頭が良い相手なのだから。手を離してくれるものだと思っていた。


「どうしたレシア」

「ん~。ミキたちがずっと私の傍でお酒を飲むから酔って来ちゃいました」

「それは悪かったな」

「はい。だから今から軽く踊って酔い覚ましです」


 軽い足取りで戦士たちが談笑している輪をすり抜け、彼女は適度の広さのある場所で足を止めた。


「なあキャッシバ」

「何だ?」

「確か……東部の戦士には特別な時だけやる足踏みみたいなのがあったよな?」

「ガイルはそんなことも教えてなかったのか? あれは……勝利を得るために行う鼓舞だ」

「どうやるんだ?」

「……俺一人にやらせるな。恥ずかしい」

「酒の席だ。それに野郎共の視線はあっちだよ」


 見た目だけは一級品であるレシアが踊り好きなのは、今居る戦士たちの大半が知っている。暇さえあればあっちこっちに現れ踊っているからだ。

 だから彼女が一人ちょっとした場所に立った理由が容易に想像できる。早くも口笛や手拍子がちらほらと鳴り出していた。


「基本は手拍子と踵を地面に押し付ける音で奏でる。あくまで戦場で用いる鼓舞だから綺麗なもんじゃないぞ?」

「それで良いんだよ。アイツは本当に天才だから……自分の知らない"音"ならきっと吸収して新しい何かを作り出すさ」

「へいへい。のろけをありがとうよ」


 酔っているせいか立ち上がったキャッシバは一度大きくよろけたが、ちゃんと二本の足で立つと軽く構えた。


「これが見本だ。お前もやれ」

「はいよ」


 手拍子が二回。踵で地面を叩く音が二回。

 パン。パン。ザッザッ……と響いた音に、レシアと戦士たちの視線が向けられた。


 だが焚火の前に居る二人はその音を発し続ける。

 年季の入ったキャッシバは良い音をさせるが、見様見真似のミキは何処か音が軽い。

 そんな二人の様子によろよろと立ち上がる戦士が出て来る。立ち上がった者がするのは先の二人と同じだ。

 手拍子が二回と踵の音が二回。その音は独特で……地面に対して響く様に広がる。


 胸の前で腕を上下に揺らすレシアの表情は、好奇心と笑みで溢れていた。


 自分の知らない音が聞こえて来るのだ。

 それも次から次へと人が増え……低く響く音は曲を奏でている。


 上手い下手がハッキリと分かる。


 酔った勢いで加わっている若者たちが発する音の何て軽いことか。

 低く良い音を出すのは何度もやったことがあるのであろう年配者たちだ。

 それでも目を閉じて体全身で音を感じる彼女には……全ての音が糧となる。


 フワッと動き出した彼女の踊りは、風に舞う木の葉の様だ。

 戦士たちが奏でる音に舞、流され、踊るかのような綺麗な紅葉。


 鼓舞の儀式を行う者たち全てが、それを見て目を奪われる。

 激しく動いているのにもかかわらず誰一人として触れることなく流れて行く踊りに。


 音を奏でるのを他の戦士たちに任せたミキは、そっとその場を離れて木に背を預けていた。

 何となく今日は特等席で彼女の踊りをゆっくりと見たい気分になったのだ。


 前の世や今のことばかり考えてはいるが……自分とていつかは老いて刀を置く日が来るのだ。その前に斬られ果てるかもしれない。

 そんな"終わり方"を少しは真面目に考えたくなってしまった。


『三木之助よ。自分の死に様なんて考えるな。んなことを考えているとあの世に呼ばれちまうぞ』


 そう言っていたのは間違いなく義父だ。

 聞いた時はただ解らず頷いていたが、今ならその言葉の意味が少しだけ分かる気がした。




(C) 甲斐八雲

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