其の弐

 大陸東部の中でも広大な森林地帯を治めるシュンルーツには、闘技場が三か所存在している。

 ツントーレから出て北に進むとその場所がある。


『古都ファルーフ』


 木々の間に存在している風光明媚な闘技場として有名な場所。

 ズイゾグ村のことが知られ厄介事に巻き込まれるのは面倒臭いと、ツントーレを早々に逃げ出した二人と一頭は、逃げ込む様にその闘技場へ来ていた。


 綺麗な景色にテンション上がりっぱなしのレシアは、踊っては食べて寝てを繰り返す日々を過ごしている。

 保護者兼恋人と言うか何と言うか……自由人の管理者たるミキは、闘技場の舞台に上がることなく裏方の仕事に精を出していた。


 現在ファルーフに滞在している興行主はランザが率いる一団だ。東部では一番の規模を誇る大一団である。シュバルの一団に居たミキとは面識はほぼ無い。

 それでも問題無く迎え入れて貰えたのには訳があった。




「ミキよ。あとはこっちの酒樽を運べば終わりで良いそうだ」

「分かった」

「……本当に舞台に上がらないのか?」

「ああ。裏方の仕事は嫌いじゃ無いしな」

「だがあのイルドに勝って解放されたんだろ?」

「運が良かっただけだよ」


 淡々と返事をする若者に話し相手である彼は肩を竦める。


「ガイルやハッサンはお前のことを高く買っていた様子だがな?」

「あの二人は我が儘を言っても逆らわない俺と言う存在が貴重だっただけだよ」

「本当に……お前は変わらずに口が悪いな」


 呆れた様子で荷物を運んで行く男に、ミキは普段通りの表情で黙々と仕事をする。


 ミキと共に雑務をしているのは、決まった所には所属せず"渡り"をしている者だ。

 名を『キャッシバ』と言う、中年の中堅どころの戦士。


 最初はシュバルの一団に居たからミキとは面識がある。

 彼が保証人となってくれたので、この興行の手伝いとして加わることが出来たのだ。


 渡りは基本雑用を兼務するのが通例だ。

 所属している者と同じ扱いでは不満が出るからの配慮だと言われている。

 だがミキは雑用だけをしていた。舞台には上がらずにだ。


 と、舞台に上がる衣装のままで男たちが数人やって来た。

 普通に雑用をこなすミキを見つけて慌てて駆け寄って来る。


「仕事はもう終わるのか?」

「ああ。この酒樽を運べ」

「そんな物は俺たちが運ぶ! だからちょっと手伝ってくれ!」

「……まあ良いさ。なら借りてる天幕に武器を取りに行って来る」

「分かった。ならその足でいつもの場所に来てくれよな」


 念を押して来る者を中心に酒樽を抱えた戦士たちが一斉に運んで行く。

 その姿を見送った彼はやれやれと肩を竦めて武器を取りに向かったのだった。




「ほら次」

「おう! おりゃーっ!」


 手斧を両手で構えて突進して来た相手の動きを読んで、彼は体を軽く動かし相手の攻撃を交わす。

 ただ片足だけをわざと残して来たので、その足に躓いた戦士は前のめりにつんのめり……地面を転がり大の字となった。


「まっすぐ進んで何をしたいんだ?」

「……」

「何も考えずに攻撃なんてするな。攻撃は二手三手先を考えてするもんだ。向こうで素振り百回。次」

「次は俺だっ!」


 ハルバートと呼ばれる長槍を頭上でグルグルと回して中腰に構える。

 舞台の上でやる分には観客受けの良い行為だ。ただ実戦ではまったく意味を成さない。

 槍は基本突くか払うかだ。叩くと言う行為はこの世界では用いられていない。


「おらっ!」


 渾身の突きを彼は軽く交わして一歩踏み込む。


 それを狙っていたかのように槍を横に払い、たたらを踏ませて相手を地面に押し倒そうとする。

 だが槍使いとの戦い方はもう数万回と頭の中で戦い続けている。その行為は最も多く対策を練られていた。


 相手の槍の動きに逆らわず横へ振られる動きに乗じて足を運び、澱み無く横移動から斜め移動へと変更する。

 槍使いには、懐に入り込んだ彼を迎え撃つ術が無かった。


「向こうでもう少し頭を使った方法を考えて来い。適当に素振り三百回」

「適当な割には回数が」

「はい次」


 容赦無い彼の言葉に、槍使いの男は肩を落としてその場を離れる。


 ちょっとした広場で、彼は"無敗"の練習相手を務めていた。

 雑務の一つである戦士との実戦練習……それを引き受けてからミキは無敗の王者となった。


 最初は新人奴隷の練習相手をしていた。どんな攻撃を入れても交わし続ける彼の動きに興味を持った戦士たちに声を掛けられ……結果として中堅クラスでもまともに相手を務めることが出来ず、熟練クラスも舌を巻いた。


 何より舞台上と違って対戦相手を死傷させないのが大前提だ。

 おかげでミキは多少相手に対して礼を欠く行為をしても許される環境を良しとしていた。

 手加減や過剰な回避行為も相手を傷つけない為と言えば大目に見て貰えるからだ。


「次は?」


 一通り挑んで来た戦士たちをあしらったミキは、野次馬たちに目を向けた。

 新人奴隷から熟練者まで……何かしら学ぼうとしてから熱い視線を向けて来ている。

 だが誰一人として挑む者が居ない。力量差がハッキリとしているからだ。


 ミキが舞台に上がらない最大の理由は、ランザの一団は規模は大きいが特筆すべき猛者が居ないのだ。

 イルドと言う怪力巨躯の暴れん坊を抱えていたシュバルの一団の様に、目玉となる華のある戦士が居ない。


 少し前までヨークと言う猛者が居たらしいが、彼はこの一団を離れてしまったらしい。

 引き抜きなのか別の理由なのかは良く分からないが、闘技場へ移動している道中で、自身の財産と女を連れて出て行ってしまったそうだ。


 戦ってみたかったと思うが居ない者を望んでも仕方ない。

 ミキは今一度辺りを見渡して対戦者を求めた。




(C) 甲斐八雲

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