其の弐拾壱

「止まれ!」


 その声にミキは逆らう姿勢も見せず素直に応じる。

 連れのレシアは……胸の前で両腕を組んだまま目じりを釣り上げて怒ったままだ。

 問題を起こしたくないからせめて隠れていろとミキは思ったが、強い警戒を見せる彼女の様子からは無理そうだと判断した。


 道を進む彼らを止めたのは、二十人ほどの兵士たちだ。

 方角からすればツントーレから来たのだろう。


「お前たちはこの道を来たのだな?」

「はい」

「途中の村には寄ったか?」

「寄りました。温泉の宿でしばらく滞在して、今はツントーレを目指しています」

「そうか」


 男女二人で歩いていることに対しての質問は無かった。だが兵士たちはチラチラとレシアに視線を向けているから……たぶん何かあったのだろうと簡単に推測出来た。


「何かご用でしょうか?」

「うむ。実は……この道を通っているはずの馬車などが消える事件が発生していてな。その調べの為に我々は途中の村であるズイゾグに向かっている」

「そうですか」

「あの村は前々から我々の立ち寄りを嫌う様子が強く見られてな、そして今回の事件だ。上からは『徹底的に調べて欲しい』と言われている。何か知っていることがあれば教えて欲しい」


 ツントーレの兵士は良く鍛練されていると、話す内容から理解出来た。

 隊長格の話し相手が確りしているだけかもしれないが、待機している他の兵たちも勝手に休むことなく立っている。

 あのままのズイゾグの村に向かっていれば、少なからず被害を出していたが鎮圧していただろう。


「自分が知っているのは……村の護衛として雇われていた男の弟子たちが悪さをしていたぐらいでしょうか。自分の連れも何度か声を掛けられましたが、どうにか問題を起こさず過ごすことが出来ました」

「そうか。実を言うと……若い女を連れた者が被害にあっていると聞いてな」

「それで先ほどから部下の人たちが自分の連れを見て戸惑っていらしたのですか」


 自分の背後に居る部下たちを一睨みした男によって、待機している兵たちの背筋がピンと伸びた。

 本当に良く鍛えられた者たちだ。


「……その弟子たちはどんな感じであった?」

「はい。村人たちとも騒ぎを起こしていた様子で……自分たちが旅立った夕暮れぐらいに、村の方から煙が上がっているのを見ました。争いなどに成って無ければ良いのですが」

「それは何日前だ?」

「二日前です」

「分かった。ここから先の道は化け物など出ないが、男女二人の旅は何かと物騒だ。急いで街に向かうことを勧める」

「ありがとうございます」


 少し急ぎ足となった兵士たちが過ぎるのを見送り、やれやれとミキは軽く肩を揉んだ。


「ミキ」

「何だよ?」

「……嘘ばかりは良くないです」

「なら本当のことを言うか? 下手すれば捕まってしまうかもしれないがな」

「それはもっと嫌です。でも嘘も嫌です」

「昨日からやけに噛みついて来るな?」

「なっ! 噛みついたのは……ごにょごにょ……」


 怒っていた彼女は顔を真っ赤にさせて……ブンブンと両腕を振ってから逃げる様に歩き出した。後ろを振り返る様子も見せずただ真っ直ぐと歩いている。


 やれやれと肩を竦めたミキは、ゆっくりと来た道を振り返った。


 兵士たちの介入を嫌った理由がようやく分かった。

 シードの弟子たちが悪さしていて、それを村長たちは見て見ぬ振りをしていたのだろう。

 自分たちの村を護るはずが、存続すら危ぶまれる立ち位置にまで追いやってしまったのだ。


 でも……。


 クスッと笑ってミキは先行く彼女を追い駆ける。

 あの村は形が変われどもきっと生き延びるだろうと思った。

 あれだけ根性の座った若い芽が居るのだから。


「っと、捕まえた」

「にゃにゃ~!」


 後ろから抱きしめたレシアが変な声を出して暴れる。

 普段より抵抗が激しいが、しばらく抱きしめていたら……波が引くかのように治まった。


「ミキ」

「ん?」

「あの村は大丈夫でしょうか?」

「これからしばらくは慌ただしくなるだろうが……きっと大丈夫さ」

「本当に?」

「そう思うことにしよう」

「……そうですね」


 肩越しにチラッと視線を向けて来た彼女は、少し背伸びをしてその頬を擦り付けて来る。

 昨日今日と離れて寝ていた分の甘えを取り戻すかのようにだ。

 その行為を手助けするかのようにミキはそっと相手を抱き寄せる。と、それに気づいた。


「レシア」

「はい?」

「……少し重くなったな」

「うぴょ~! そんなこと無いですから! これで普通ですから!」


 また暴れ出す彼女の体を軽く撫で……ミキはクスッと笑った。


「この辺とかに筋肉が付いて来たな。最近いっぱい踊っていたからな」

「……そうですか? でもそう言えばこの頃は上半身も気にしながら踊ってます」

「少し離れて立ってみろ」


 言われた通り離れたレシアは真っ直ぐに立つ。


「もう少しかな。お前って右足の踏み込みが少し強いから、左足も意識して踏むと良いかもな」

「……そんなことも分かるんですか?」

「俺が一番鍛えているのは、この"目"だからな」


 何度か左足で地面を蹴った彼女は、その足で真っ直ぐミキに抱き付いて来た。

 相手の胸に顔を擦り付けて甘える仕草が止まらない。


「でも……胸は膨らんだままだな」

「うにょ~ん! 大丈夫です。小さくしますから!」

「そのままどんどん大きくなったりな」

「しませんから! も~!」


 怒りだし暴れる彼女から逃れミキは軽く駆け出した。

 両手を振り回すレシアは、恥ずかしさが勝った顔をしている。


 そんな二人を……先に行ってたロバが振り返り、飽きれた様子でまた歩き出した。




 後にズイゾグの村は、その多くの罪が明るみとなり存続すら怪しまれる状況へと陥った。

 それでも村人たちは共に協力し奮闘し……再び街道の中継地として発展することとなる。


 どうして村が無くならなかったのかと旅人に問われ、若き村長となった青年が応えた。


『凄く嫌な奴が偉そうに言ったんだ。この村は消えて無くなるってな。だから見返したくて頑張ったらこんなに良い村になった』と。


 彼らは今日も村を良くしようと必死に働き続けている。

 とても良い笑顔を浮かべて。




~あとがき~


 これにて肆章の終わりとなります。


 中休みのサービス回程度に考えていたはずが……気づけば重要な回となりました。

 次に出て来る人物は? そんなことを考えながら愉しんで頂ければと思います。




(C) 甲斐八雲

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