其の拾漆
「義父殿」
「何だ?」
「今まで戦った中で、一番厄介な武器はどれでしたか?」
「火縄だな」
「あれをどうにか出来る武芸者など居ないでしょう」
「まあな」
カラカラと笑い彼は腕を組んだ。
「今まで戦った相手だと一番多かったのは刀だな。次に多いのが槍か」
「槍はどうでしたか?」
「うむ。宝蔵院の槍使いなどは中々厄介ではあったな。まあ勝ったが」
「左様で。なら他には?」
「十手は親父を相手にやったか。あとは棒もあったな。槍ほどでは無かったが」
「それぐらいですか」
「まあな。ああ……鎖鎌も居たか」
思い出したと言いたげに彼は手を打った。
「鎖鎌?」
「そうだ。確か宍戸とか言う者が使って来た武器でな……鎌は分かるだろう? あれの握りの後ろに鎖分銅が付いてる武器だ。忍びの者が使っていたとも言われる武器で、もしかしたら宍戸とか言う者もその流れを汲んでいたのかもしれんな」
「強かったのですか?」
「周りが言うほど強くは無かったな」
うんうんと頷く義父の強さを養子である彼は痛いほど知っている。
そろそろ話のネタが尽きてしまいそうで、地面に転がり疲労の回復に努めていた三木之助は必死に知恵を絞る。
「自分にはその鎖鎌という武器が弱いとは思えませんが?」
「どんな武器とて使う者が弱ければ意味を成さんぞ。そうやって地面に転がっているお前が持つ木刀と儂が持つ木刀は同じだ。でも実力が違うからお前は倒れている」
事実なだけに何一つ言い返せない。
同じ木刀でも扱う者が違ければ、こうも圧倒的な実力差を生むのだ。
「ならば最後に」
「何だ?」
「もし義父殿が鎖鎌を扱えたとしたら……刀を持つ者に勝てましょうか?」
「ふむ。その道を究めているのなら負けんだろうな。ただそれは人生を賭して一つを極めることとなる。儂にはあの武器にそれほどの魅力を感じんがな。さあ立て三木之助。幸に小言を言われる前にお前の鍛錬を終えてしまわねばな」
宮本武蔵が鎖鎌使いの宍戸と戦ったと言う記述はあるが、その詳しい内容が書かれた物は……今日に至るまで発見されていない。
ギギギッと嫌な音を発してミキの持つ刀に衝撃が走る。
飛んで来た分銅をどうにか受け流しはしたが、続く鎖に刃が擦れて鳴っている。
ハッサンが打ったミスリル製の刀には傷一つは要らないだろうが、相手の攻撃を受け続けていればこちらの体に傷が入るのは必至。
だがミキは相手との間合いを詰めることが出来ずにいた。
『道を究めるとは……本当に厄介にございますね』
義父との会話を思い出し、愚痴の一つと心中で呟く言葉が昔の物へと戻っていた。
最近は良く前のことを思い出すせいか、今と昔と操る言葉遣いが混合してしまうことがある。
"過去"に引っ張られていると言えばそれまでだが。
また一歩踏み込み近づこうとすれば、振り回されている鎖分銅が飛んで来た。
どうにか刀で受けはするが、その衝撃で微かにだが手が痺れてしまう。
一度大きく迂回して……ミキは改めて正眼に刀を構えた。
何度も繰り返した攻撃で、相手が使う技の片りんは捕らえた。指だ。
どれほど鍛えたのか分からないが、その強靭な握力を以てして、振り回している鎖分銅を指の力だけで操っているのだ。
威力は振り回す分銅の遠心力で生み出し、それを僅かな動きで投擲するから軌道が分からない。
刀を扱う者に対して特化した戦術。それを生み出したと言うのがシードと名乗る者。
『シードか……もっと早くに気づくべきだったのか?』
フッと息を吐いてミキは迷いを払う。
『俺以外にも似た者が居ると言う可能性を』
一歩踏み出し横に飛ぶ。だがディクスの指はそれに対応する。
余程の鍛錬を積んで来たのだろう。もしかすれば師匠である人物より強いのかもしれない。違う。シードはきっと負けたことを糧として、自分の技を磨き伝えたのだ。
それが分かるが故にミキは鎖鎌と戦った義父の話をもっと詳しく聞いておけばと後悔した。
相手は宮本武蔵を打ち倒す為に鍛えて来たはずなのだから。
一歩下がってミキはまた構えを正す。
「一つ聞きたい」
「何だ?」
「シードは何処から来た?」
「西部のファーズン王国からだ」
「……その前は何処に居たか言ったことはないか?」
「生まれも育ちもそこだと聞いた」
だがディクスは一瞬顔色を変えた。何かを思い出したかのようにだ。
「ただいつだったか……ファーズンよりも遠くから来たと言っていたことはあったな」
「そうか」
「そんなに聞きたければ俺を倒して聞けばいい。それとも出来ないから聞くのか?」
「いや……俺の名前を知ったら、会話にならない気がするんだ」
「なに?」
訝しむ相手にミキは口元に微かな笑みを浮かべた。
ようやくロバを連れた彼女がたどり着いたのだ。
近づきすぎないように距離を置くレシアは、好奇心丸出しの様子でこちらを見ている。
「名乗るのが遅れたな。俺の名前は宮本三木之助玄刻。お前の師匠を倒した者の息子だ」
「そうか。なら確かに会話にはならなそうだな!」
「ああ。でも悪い」
「何だ?」
相手の訝しむ声にミキはニヤリと笑った。
「宮本を名乗った以上、俺はもう負けられないんだ」
迷うことなくミキは前進した。
(C) 甲斐八雲
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