其の拾陸

 村を出てから半日ほど歩いた場所で時間を過ごし、ミキたちはまた村に戻って来た。

 たぶん自分たちが居なくなればシードの弟子が戻って来るからと判断したのだ。


 憂さ晴らしで暴れるであろう弟子たちの反応を見て全てを決めると……そうレシアと約束をして、ミキたちはそれを見た。

 弟子たちに歯向かって地面を転がされているラインと、泣きじゃくるリリンの姿を。


 飛び出そうとしたレシアを制したのはミキだ。

 ボロボロと涙を溢して怒る彼女に……彼は指し示した。村の老人たちの行動を。


 彼らとて責任を、自分たちが積み重ねて来た過ちの清算をしたかったのだろう。

 だからミキは刀を抜いた。彼らが……いや、彼が望む物が何であるか解っていたからだ。


『村は俺が変えるんだ。だからあいつ等を!』


 痛みに顔を歪ませて精一杯背伸びをして大人ぶる少年が可愛かった。

 自分もあんな風に振る舞っていた時期があった気がする。特に前の時はそうだ。

 あの宮本武蔵の養子になると決まり、どこまでも背伸びをした気がする。

 今思うと恥ずかしい限りだ。


 ひとしきり笑ったミキは……教えられた道順を進み、途中に出くわす相手は問答無用で斬り捨てた。


 弟子たちを見逃せば、シード亡き後に村に舞い戻り悪さをするかもしれない。

 今のあの村なら一人二人なら問題無いかもしれないが、幼い英雄は妹の介護を受けて休養中だ。なら憂いは根元から断って、禍根など残さない方が良い。


 レシアは後方からゆっくりとロバを連れて歩いて来ている。

 彼が斬って捨てた者に踊りを捧げながら。


 ゆっくりと歩いて出た場所は……四方の木々が倒され開けた場所だった。

 そこにあるのは山小屋が一つと、その前で目を閉じて座る中年男性が一人。

 途中にあった弟子たちが使っている天幕に立ち寄り全て斬って捨てたので……残るのはシードとその一番弟子のはずだ。


 ミキが来たのに気付いた様に男が立ち上がった。

 くすんだ銀髪を適当に伸ばし、その顔には無精ひげが見える。

 山賊の頭領にも見えるその風貌だが、鍛えられているのであろう肉体が、その衣服から弾けんばかりに見え隠れする。


「何者だ?」

「……何になるのだろうな」

「?」


 問われてミキは自分の立場に一瞬悩む。


 村長からの依頼では無いし、ラインからの依頼でもない。強いて言えば……今回の行動はレシアとの約束の上でのことなので、ここで相手を斬って捨てても一切の得は無い。


「まあ一応お前とシードとやらを斬りに来た。ディクスと言う名で合っているか?」

「ああそうだ」

「なら済まんが死んで貰う」


 抜いたままの刀を構える。

 相手が鎖分銅を使うことが解っていたから、不意打ちされても良い様に抜いたままだ。


 軽く首を振ってゴリッゴリッと鳴らしたディクスは、腰の後ろに差している武器を引き抜いた。


「……鎖鎌?」

「ほう。これを知る者と出会うとはな……ならお前が持つそれが"カタナ"か?」

「その通りだ」

「そうかそうか」


 好戦的な笑みを浮かべてディクスは武器を構えた。

 左手に鎌を持ち、右手で鎖を回す。


 ミキは"鎖鎌"と言う衝撃を受け乱れている自身の気持ちを落ち着けた。

 義父は言っていたはずだ。『鎖鎌を使う者はそんなに強くなかった』と。


 確かその者の名は……


「一つ聞きたい」

「何だ?」

「シードと言う名は本名か?」

「違うらしい。何でも闘技場に居た頃、仲間たちが言い間違えるからそう名乗る様になったと聞いた」

「本当の名は?」

「忘れた。小屋の中に居るから聞くが良い。ただ……間に合えばだがな」


 間合いを計りながら近づいて来るミキに対して、不敵な笑みを浮かべたディクスの右手が動いた。

 自分の横を過ぎた鎖に驚きミキは迷うことなく数歩下がった。

 飛んで来た鎖を交わせたのはただの偶然だ。相手のその手の動きから、どこに飛んで来るのか全く予想出来なかったのだ。


「少し力んだか」

「……」

「そう怖い目で見るなよ若いの」

「それが本当の鎖の動きか?」

「ああ。師匠がカタナを持つ者に対して考えた特別な技だ。何でも師匠はカタナを持った者に負けたことがあるそうだ。だから技を鍛えこれを編み出した。そして俺が受け継いだ」

「そうか」


 自分が優位に立ったと判断し、ディクスの口が軽くなった。

 事実ミキの方は精神的に余裕が無くなっていた。

『聞いた話と違います。義父殿!』と心の中で文句を発するほどに。


 ミキは、手首の動き、手の動き、腕の動き……そう言った物を見ることで、相手が何処に投げるかある程度把握できると思っていた。しかし実際は違った。相手は腕を固定したままで鎖を放って来たのだ。

 その攻撃をされれば、どのタイミングで鎖が飛んで来るかなど把握できない。何より鎖に対して近づくことが出来ない。仮に近づけたとしても相手には鎌がある。


 骨の折れるどころでは無いほどの敵だった。


「どうした? 近づいて来ないのか?」

「……」


 相手の言う通りだ。近づかなければ何より斬ることが出来ない。

 鎖の問題があるとしても……ミキとすれば今の距離で対峙するのは得策ではない。


『虎穴に入らずんば虎子を得ずと言ったか……』


 内心で呟き、ミキは刀を構えて踏み込んだ。




(C) 甲斐八雲

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