其の拾伍
「お兄ちゃん」
「どうしたリリン?」
「本当にするの? 危ないよ?」
「……あの兄ちゃんも言ってたろ? 変わらないとこの村が無くなるんだって。だったら俺が頑張ってこの村を変えるんだ。父ちゃんと母ちゃんの村を残すんだ」
ギュッと石を握り締めたラインはその目で相手を見た。
いつもの様にシードの弟子たちが村に来たのだ。ミキたちが出て行った翌日に来る辺り……弟子たちは彼を恐れて近づかなかっただけなのかもしれない。
「危ないよ?」
「リリンはここに居ろ。お兄ちゃんがあいつ等を追っ払ってやる!」
握った石を振りかぶり……ラインは弟子たちに向かい走り出した。
「はっは~。どうしましたか~?」
「おう。寝るには早いぞ~」
弟子たちに小突かれ踏まれ……ラインは地面を転がっていた。
そんな状態がしばらく続いているのに、近くに居る村人たちは助けようともしない。
唯一助けようと飛び出したリリンも捕まり、叩かれ泣いていた。
「おに~ちゃん! 誰か~! 助けて~! あ~ん!」
「馬鹿だな……ここの村人が俺様たちに逆らう訳が無いだろうが」
言って男はリリンを小突く。
地面に転がった彼女はまた盛大に泣き声を上げた。
「リ……リンを……泣かす……な」
「おーおー。格好良いですね~」
「俺たちがあの男にちょいとばかりやられたからって、弱いとでも思ったのか? お前みたいな餓鬼に負けるほど弱くないんだよ。ば~か」
笑いながら男たちはラインを蹴る。まだ少年の彼は体重も軽く、男の蹴りで軽く飛んだ。
地面を転がり……蹴り所が悪かったのか胃の中の物を吐き出す。傍から見ても少年の方は危ない状況だ。
「今までは優しくしてやっていたが、今度からは厳しくしていくからな。この村を命がけで守っているのは誰だってことを村人全員に教え込んで行ってやる」
「そうだ。俺たちは賊からこの村を命がけで護る為に居るんだからな」
言って男たちは盛大に笑う。
その足元では……この村の住人である少年を足蹴りにしてだ。
「シードのお弟子さん方や」
「あん? 何の用だ爺」
「はい。その子らを許しては貰えんでしょうか?」
男たちは笑い声を止めて相手を見た。
たった一人声を掛けて来た者……それはどうにか歩いていると言った様子の老人だった。
「おいおい爺さん。俺たちは石を投げて来たこの餓鬼を躾けているんだ。邪魔するなよ」
「ええ。ええ。解っています。ですからその者たちにはあとでちゃんと言って聞かせますから……どうかその辺で許して貰いたいのです」
「……そうか。ならこいつらを許す代わりに爺さんは、俺らに何をくれると言うんだ?」
「こんな干からびた身ですので農作業も出来ず蓄えもありません」
「ならダメだな。こいつらの親でも連れて来て、有り金全部となら考えてやっても良いぞ」
下卑た笑みを浮かべる男たちに……老人は静かに告げた。
「ですからどうか……この命で許して貰えませんでしょうか?」
「はぁ?」
「死んでお詫びをします。ですからどうかその子を許して欲しい」
一歩踏み出す老人の気配に男たちは圧倒された。
相手が本気で言っていると分かるからだ。
と、また一人歩いて来た。老婆だ。
「ならその少女はワシの命と引き換えで良いかの? 払える物がそれしかないんだ」
「いや待てよ。そんな物要らねえよ!」
「遠慮するなて。お前さんたちが言っていたんじゃないか。命がけで村を護るのだと……ならば対価として命を払うと言ってるんだよ」
「要らねえよ!」
「ならそっちの若いのはどうじゃ? この命で助けてやってくれんか?」
と、また老人が歩み寄って来た。一人二人と増える老人たちは、その命を差し出して来る。
余りの様子に弟子たちは蒼ざめて辺りを見渡した。
それに気づいたのは偶然だった。
地面に転がっていた少女が消え、少年がゆっくりと宙に浮いたのだ。
何度か瞬きをした男はようやくそれを見た。
あの男が連れていた女が……少年を抱きかかえていたのだ。
「こんな雑魚共を斬り捨てるくらいで命など要らんよ。後始末だけしてくれれば十分だ」
吐き捨てるような言葉の後に、白銀の閃光が走る。
一瞬散ったのは人の命を繋ぐ根幹……赤黒い血しぶきだった。
シードの弟子たちは何も理解することなく絶命して地面に転がった。
「ミキ」
「子供は無茶をする」
急ぎ駆け寄りラインの状態を確認する。
打撲などが多いが骨折している様子は見られない。シードの弟子たちも殺すことまでは考えていなかったのかもしれない。
ただ……いたぶられる少年を見てレシアが泣いた時点で、弟子たちの命の火は潰えたも同然だったが。
「兄ちゃ……ん」
「大丈夫か?」
「リリン……は?」
「大丈夫だ」
「良かった」
血と涙と泥で汚れている少年の顔を拭いてやる。
先に逃がしていた妹が駆け寄って来て、横たわっている兄にしがみ付いた。
「お兄ちゃ~ん!」
「リリン」
「もうばか~! あ~ん!」
わんわんと泣く少女をレシアが優しく抱き締めて慰める。
ミキはそんな様子に軽く笑うと……その顔を少年に向けた。
「俺はこの村を変えようとする者が現れたら、そいつの望みを一つ聞くってレシアと約束しててな……現れないと思ったんだが、こんな無茶する馬鹿が居た」
「……」
「言えよ少年……お前の望みを」
力強い眼差しを持つ少年の口がゆっくりと言葉を紡いだ。
(C) 甲斐八雲
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