其の拾肆

「準備は整ったか?」

「はい」

「忘れ物は無いよな?」

「無いです」

「良し」


 完全に足を回復させたロバの背に荷物を載せ、ミキは宿屋の女亭主に頼んだ食料などの料金の支払いを済ませた。レシアが欲しがった寝間着用の衣服もだ。

 ツントーレまでは道なりで五日ほどらしいので、多少食料には余裕を持たせているが無くなることはない筈だ。何より一番食べるレシアの食欲が、ここ数日減少したままだ。


 結局……毎日村長が『どうかシードたちの討伐を』と申し込んで来るくらいで何も変わらなかった。


 故にミキはこの村を離れることにした。

 納得はしているが感情が付いてこないレシアは沈んだままだ。


「レシア」

「はい」

「森のシュンルーツには"七色の翼を持つ鳥"って言うのが居て、その羽はとても綺麗なんだそうだ」

「……」

「もし見つけることが出来たらそれでお前に髪飾りでも作れると良いな」


 言って頭を撫でてくれる相手が、自分を励まそうとしているのをレシアは感じていた。

 らしくないほど彼の周りには"心配"の色が見えるからだ。

 自分がこんな状態だから相手のあの綺麗な七色の空気までもが消えてしまっている。

 その事実がまたレシアの気持ちを沈めることとなる。


 やはり笑わない彼女の表情を見て……ミキは内心でため息が止まらない。

 これならシードとその弟子たちを斬りに行った方が何倍も気が楽だ。その結果この村がどうなろうが本来の彼からすれば関係の無い話だ。


 温泉で気を緩めていた余り、どうも自分の思考も緩くなっていたと痛感する。

 でもこれだって一つの経験だ。

 嫌なことを得て、それを繰り返さない努力を身に付ければ良いのだ。


 宿屋の女亭主に見送られ、ミキとレシアは村の入り口に向かい歩き出した。

 今日は働く者の姿もあまり見られず静かだと思っていたら……その理由が分かった。

 村長以下、村の主だった者たちが、ミキたちの行く手を塞いでいたのだ。


「ご客人」

「何か用か?」

「重ねてお願いします。どうかシードたちの討伐を!」

「くどい。断る」


 代表して頭を下げて来る村長に対して、ミキは冷たく言って捨てる。だが彼は引かなかった。


「ならばどうかこの首を刎ねて頂きたい」

「……なに?」

「どうせ彼の者たちに支配され搾取されて死んで行くのなら、このままここで死んだ方がましにございます。さあどうか!」


 言って村長はミキに背を向け地面に座り込んだ。

『なら俺も』『俺もだ』『こんな生活はまっぴらだ』と……次々と村人たちが背を向け地面に座る。

 結局ミキたちの行く手を遮っていた村人全員が地面に座った。


「なるほどな。そこまで窮していると申すか」

「その通りにございます。我々はもう死ぬしかございません!」


 吠える村長の背中を見つめ、ミキは心底『勝手だ』と思った。

 死ぬほどの覚悟を何故別の方向へと向けないのか?

 自分たちの生活だけは守り、そして安全も得ようとするその姿に……正直唾でも吐き掛けたくなった。


「分かった。ならば村長から斬れば良いのだな? この数を斬るとなると多少骨だが……良き温泉を楽しませて貰った恩がある。報いるとしよう」


 スラッと刀を抜いてミキは一歩踏み出した。


「斬って頂けますかな?」

「ああ。面倒だから多少手荒に行く。場合によっては一撃で殺せぬ者もいるかも知れんが……まあ死ぬ覚悟でそこに座って居るのだ。絶命するまで激痛を耐えてくれ」


 あっさりと言い捨てて、ミキは迷うことなく刀を振り上げる。

 どうやら彼が本気だと理解し、付き合いで座って居た村人たちはその顔を青くして腰を浮かしている。


「動くな。手元が狂えば一撃で死なんぞ?」


 全身をガタガタを震わせている村長を最初にと思ったが、彼は飛んで来た石を振るった刀で弾いた。


「止めろ!」

「ほう。何故止める?」

「兄ちゃんがそんなことをしたら、姉ちゃんが悲しむだろ!」


 両手に石を握って勇敢に吠えているのはラインだった。

 その背中には妹のリリンが今にも泣きそうな顔をしてしがみ付いている。


「村人の願いを聞いただけだぞ?」

「でもダメだ! そこの綺麗な姉ちゃんは凄く優しいんだから! ここ最近、リリンと遊んでくれたし……食事も食べさせてくれた。腹いっぱい食べさせてくれたから俺たちは家でご飯が食べられなくて、父ちゃんと母ちゃんに食べて貰ったんだからな!」

「……そうだ。お姉ちゃんを悲しませるな」


 吠える兄の背に隠れている少女ですら声を上げる。

 何かしているかと思ったらそんなことをしていたのかと……ことの成り行きを見守っていたレシアに対して彼は視線を向ける。


 その目に気づいた彼女は、曖昧な笑みを浮かべて何故かロバに抱き付いた。


「兄ちゃんはこの村の人たちが変わらないと、この村が無くなるって言ってたんだろ?」

「ああそうだ。こんな村に住みたがる人間が何処に居る? あるのは温泉だけで、村を治めている者たちは何の努力もしない愚か者たちと来ている。『シードとその弟子が悪さをするから?』笑わせるな。それを理由に農作物を売って、この村から出る銭を作っている者が何人居る」


 ミキの言葉に露骨に辺りを見渡す村人が……半数近く居た。それがこの村の現状なのだ。


「シードたちが悪くないとは言わんよ。でも一番悪いのは、変わろうともせず安易な選択ばかりするこの村の住人だ」

「……村のことを悪く言うならさっさと出て行け!」

「分かった。そうする」


 刀を収めたミキは、レシアの腕を掴むと……強引にその手を引いて村を出た。




(C) 甲斐八雲

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