其の拾参

「ミキ!」

「しまった。お前の方を忘れてた」


 宿に戻って来た彼を待ち構えていたのは、興奮状態のレシアだった。


 逃げたのを捕まえた少年……ラインと名乗った彼の妹らしき子を残して来たが、どうやらその子から話を聞いたのであろう彼女は、その顔に『ミキを説得するぞ!』という文字が見えるほどやる気に満ちている。


 とりあえず相手の頭を軽く撫でて、彼は借りている部屋をと向かった。




「む~」

「納得したか?」

「む~む~む~」

「まあお前に言葉の裏表を見抜けとは言わんよ。お前が見るのは人の裏表で十分だ」


 決して少女に騙された訳ではないのだが……どこか悔しそうにしている彼女の頭をミキは撫でてやる。


 正直で素直なだけに言われた言葉を鵜呑みにしてしまったのだ。

 傍から見れば危ないことだが、それが彼女の持ち味だ。


 それを理解しているからこそ、ミキは正そうとはしない。

 清く正しく居て欲しい……恥ずかしくて相手に告げることは出来ないがそれが彼の本心だ。

 何より彼女を騙そうとする嘘は全て自分が見抜けば良いだけのことだから。


 シュンとしたままで頭を撫でられているレシアが、恐る恐るその顔を上げた。


「でもあの子たちは困っているんですよね?」

「子供らが困っている訳では無いんだ。食べ物を口に出来ない親たちを見て悲しんでいるんだ」

「どうしてあの子たちの親は、そんな無茶をするのですか?」


 不安げだが真っ直ぐな目を向けて来る。


「子供に良い生活を送らせたいと思うのは親の心情だ。だからこそ無理をしても子供を幸せにしたいと思っている。本当ならこの村でな」

「……」

「この村の村長を中心とした主だった者たちは変化を求めていない。だから子供を愛する親は、故郷と我が子を天秤にかけるのさ」

「……悲しいことですね」

「そうだな」


 撫でていた手を相手の頬に当てる。

 レシアは彼の手を両手で包むと……自分の顔を押し当てて髪の毛で表情を隠した。


「お前が悲しむことは無いさ。親とは常に子供を愛するものだ」

「……私は両親のことを知りません」

「俺もだよ」

「でもミキは親が居た様に語ります。ズルいです」

「……闘技場には口煩くて拳骨を振り回す親代わりが二人も居たからな」


 どうにか笑い話にしたかった。

 だが相手の頬に添えられている手には、彼女から発せられる液体が止まること無く流れて来る。


「レシア」

「……はい」

「お前が望むのなら、俺はシードとその弟子たちを討とう」

「……」

「でもそれによってこの村がどうなるのかまでの責任は負えない」

「ミキはどうなると思うのですか?」

「良くは成らないと思う。俺たちはこのまま旅へと出る。すると村長たちはどうすると思う? いつ来るか分からない新しい敵に怯え、新しい村の守護者を得ようとするだろうな」


 濡れている瞳がゆっくりと彼を見る。

 そっと笑いかけてミキは優しく相手を抱きしめた。


「この村は変わらない。そうすればあの親子はこの場所を捨てて別の所へと行く。その費用が貯まるまで体を壊さなければの話だがな」

「……ミキならどうするのが一番だと思いますか?」

「俺はお前が思っているほど優しい人間じゃない。必要ならば普通の村人だって斬ることは出来る」

「……村長さんたちを殺すのですか?」

「それでこの村が変わるのならそれも一つの手だろうな。でもきっと変わらない」

「ならどうするのですか?」

「何もしない。それが一番簡単な方法なのさ」


 ギュッとその体を押し付けて来る彼女は、その体を震わせていた。

 上っ面だけで分かっていた気でいたこの村の現状をようやく把握したのだろう。

 そして理解したからこそ……涙を止めることが出来ないのだ。

 本当にこの村が終わりに向かっているから。


「だから誓うよレシア」

「はい?」

「もしこの村で変わろうとする者が居るのなら……俺はそいつの願いを聞こうと思う」

「変わらなければ?」

「今日石を投げられて痛い思いをしたよな? ならこの村を出て行く時にあの小僧にこれでも投げてぶつけておけ」


 そっと懐から取り出した小袋を、彼は相手の胸元に押し込んだ。

 彼が渡して来た物が何か理解したレシアは……深い悲しみを覚えた。


「きっと喜ぶでしょうね」

「そうだろうな」

「これを受け取ったあの子たちの両親はどうすると思いますか?」

「ちゃんと自制できればこの村を出るだろうな。もし出来なければ……あの子たちを使い商売を始めるかもしれない。子供の涙ほど同情を買いやすい物は無いからな」

「そうですね」


 安易に銭を渡すことは良くないと、レシアですら分かる。

 人を取り巻く感情を色として見れる彼女は、銭を得たことで狂ってしまった人を少なからず見て来ている。

 あんな田舎の小さな村でもその様なことが起きるのだ。この村に住む者に与えよう物なら。


「ミキ」

「ん?」

「この村に対して何もしないことはいけないことなのでしょうか?」

「どうだろうな。俺は何もしない方が良いと思う。でもお前が納得出来ないのであれば、何かすべきなのだろうな」

「私は……」


 言いかけて言葉に詰まる。続けるべき言葉が見つからなかった。

 そんな彼女の髪を、ミキは優しく撫でる。


「いつまでも涙顔なお前を見てたくない。温泉にでも行って洗い流そう」




(C) 甲斐八雲

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