其の拾弐
「たんっ」
軽く音を発してレシアは体を動かし続けていた。
この村に来てから確かに食べ過ぎてる気もするが、決して踊りの練習を怠ったりはしていない。
そのはずなのに胸には確かに肉が増えた気がする。確実に膨らんだ。
愛してやまない彼は胸の大きな女性にはあまり興味が無いらしい。
それはきっと自分にも当てはまることだ。このまま胸が大きくなってしまったら……体の奥底から沸き上がる恐怖に身を震わせ、レシアは上半身の動きを意識して踊り続ける。
最近はミキの足捌きばかり見て下半身ばかりに意識を持って行きがちだった。
そのせいで上半身の動きが少なくなって不要な肉が付いてしまったに違いない。
もっと動きを。こう……大きくて優雅な鳥のような動きを。
必死に上半身を動かし新しい踊りを模索する。
らしくないほど真剣に打ち込む彼女は気付いてなかった。
「いたっ」
不意に感じたそれに頭を押さえて蹲る。
それ程痛くは無かったが、彼に叩かれた時の習性でつい大袈裟に動いてしまったのだ。
しかしその動きが相手に戸惑いを生んだ。
「もう誰ですか!」
「……あっ」
「君ですか?」
レシアの頭に当たったのは小さな小石だ。
それを投げたのであろう少年が……顔を真っ赤にさせて逃げて行った。
彼女の目にはそんな少年の全身を包む"恥ずかしさ"に気づいていた。
『石を投げておいて恥ずかしいとか良く分かりません』
だからあっちは頭の良い方に任せて、レシアは狙いを定めて草の茂る方へと駆けだした。
「で、こっちの子は何ですか~」
「……キャーっ!」
「捕まえました」
「いやっ! リリンは何もしてないもん」
「でも石を握ってます」
「……違うもん。石を集めてたんだもん」
レシアに抱きしめられた年端も行かない少女は、泣き出しそうな顔で必死に言葉を紡ぐ。
もう全身から"嘘"が見て取れるので、レシアはつい笑って普段自分がされていることをする。
「悪いことをして謝らないのは悪いことです。悪い子にはお仕置きが必要ですね」
「いや~。リリン悪くないもん」
「ダメです。お仕置きです。ん~頭グリグリとお尻ペンペン……どっちが良いですか?」
「どっちもイヤだもん! お兄ちゃん助けて~!」
「ダメですよ。きっと逃げた子の方はもっとキツイお仕置きを受けるはずですから」
「……えっ?」
レシアの言葉に衝撃を受けて思考が停止したのか、リリンと名乗る少女はきょとんとした表情で見つめて来た。
そんな涙色の顔を優しく撫でてやり……レシアは告げる。
「ミキは女子供が相手でも厳しい人です」
彼女は気付いていた。集中する前から、彼が側に居て見守っていることぐらい。
だから何ちゃらの弟子が来るかもしれない村の隅で踊りの練習をしていたのだ。
それに今襲われたら……女の子を抱えて逃げるくらいは出来る。
だって彼らの動きは、本当に酷い物だから。
「離せよ!」
「構わんぞ? 逃げたら斬るけどな」
「離すなよ!」
「どっちだよ。まあ正直に話せば怪我しなくて済むぞ?」
「……分かったよ」
観念した様子で少年から抵抗の意思が無くなった。
後ろから脇に手を入れ吊し上げていたミキは、少年を地面へ降ろしてやる。
どこか開き直った様子で地面に座り込み、胸の前で腕を組んでその顔に怒った表情を浮かべる。
絵に描いたような生意気な悪ガキ風情だ。
「で、どうして石を投げた」
「……誰が言うもんか」
「なら二度と言えなくしてやる」
「ちょぉーっ! いきなり抜こうとするか?」
「俺の家だとこれが普通だが?」
「どんな親だよ全く!」
少年が言う通り確かに普通の親では無かった。
そう考えれば養子に出る前の自分はどれほどちやほやされていたかを実感する。その甘えを断つために義父は厳しかったのだろう。
「で、どうしてだ?」
「……あんたたち……シードをやっつけてくれないんだろ?」
「ああ断ったな」
「どうしてだよ! あいつ等が悪さするから、父ちゃんも母ちゃんも朝から晩まで働いて……せっかく育てた野菜なんか全部持って行かれて!」
「貧乏が嫌だから、やっつけて欲しいのか?」
「違う! 貧乏は嫌だけど……でも父ちゃんたちは俺やリリンに飯を食べさせてくれる。自分たちの分まで削って食べさせてくれるんだよ! 父ちゃんはずっと痩せっぱなしで、母ちゃんは最近顔色も良く無い!」
「そうか」
「だからあいつ等をやっつけてくれよ!」
ミキは一度息を吐いて、少年の目を真っ直ぐ見て告げた。
「断る」
「何でだよ!」
「シードがこの村に住み着いたのはお前が生まれるよりも前だ。それから弟子を増やして行って……最近その行いが酷くなったのか? 違うだろう?」
「……」
「お前の両親は野菜を"奪われた"と言っているが、本当に奪われているのか? あの雑魚共がわざわざ畑に出向いて野菜を集める……無いな。きっと別の理由で野菜が無くなっているんだ」
「何だよ! 別の理由って!」
「……奪われたと言うことで収穫量を誤魔化して、たぶん他所で売っているんだろうな。お前の父親が『野菜が奪われた』と言う前後に、どこか出掛けたりしていないか?」
あっと何かに気づいた様子で少年の表情が変わった。
「それが答えだよ。お前の両親は……こっそり野菜を売って、銭を作ってこの村から出て行くことを考えているんだ」
「そんな……ここは父ちゃんも母ちゃんも生まれ育った場所だぞ!」
「だから先の見えない現状に嫌気が差したんだろ? この村に居ても苦しいだけだと。子供たちにも苦労を強いるだけだと……良い親じゃないか」
本当に良い親だとミキは思う。良い村人かは知らないが。
(C) 甲斐八雲
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