其の拾壱
「ミキ?」
「ん」
「どうして断ったんですか?」
「お前が乗り気で無かったからかな」
「私が悪いんですか?」
腕に抱き付いている相手が驚いた様子で慌てだす。
彼は軽く笑うと首を振った。
「悪くは無いよ。俺も乗り気では無かったからな」
「……どうしてですか?」
「あの話を聞いてて思ったんだ。最初に集められた者たちは……たぶん命を賭けて賊と戦ってくれた。そんな人たちがなぜこの村を牛耳る様になったのか?」
「解りません」
「村長はそんな彼らを途中から"賊"と言ってたんだ。なら答えはそれだ。最初から護衛の仕事をしている者では無く、金で賊を雇って潰し合いをさせたのさ」
「……それはいけないことなのですか?」
「悪くない。でも後のことを考えていなかったから牛耳られた」
手を伸ばしポンポンと頭を撫でてやりながら彼は言葉を続ける。
「その場しのぎで簡単な方法を選んだ。賊を招き入れて仲間とする……きっと反対した者もいただろうが、それでも俺に言わせて貰えば一番簡単な方法を選び実行した」
「はい」
「そして次だ。シードとやらが来て賊を打ち倒した。ここまでは何一つ間違っていない。きっと銭を払って良い条件……つまりさっき俺たちに出された様な条件で仕事をさせたのだろうな」
「そうですね」
「結果シードはこの村に残った。はい。これの悪い所は?」
「はい? 悪い所ですか? ……分かりません」
「シードを村に残したことさ。一見すればまた賊が来たら戦わせようと思ったんだろうな。結果として今度はシードが邪魔になることとなったが」
本当に後手後手と、それも悪手ばかりの選択なのだ。
根本的にこの村の住人には『自分たちで何とかしよう』とする気合が無いのだ。
それは今の村の現状を見れば分かる。
この数日レシアを伴い村の内外を見て知ったことは、廃屋の数の多さだ。うち捨てられ放置された畑なども多い。つまりはそれだけの数の住人がこの村を離れたことになる。
村の未来を憂いで見捨てたと言うことだ。
「この村に着てから俺たち以外の客も見ない。店主の話では『今の時期は一番客が少ない』って話だが、それでも少なすぎる。それはどうしてだと思う?」
「ん~。この村は温泉以外、何も刺激を受けません」
「ある意味正解だ。村に活気が無い。全体的に空気が雨の日の雲のように重い。静かではあるが、それしかない村に人は集まらないよ」
「でもそれはシードとか言う人たちが悪さをしているからじゃ?」
「そうだとしてもこの村の住人は努力をしていない。このままだとこの村は潰れて無くなる」
「ならそのことを村の人に伝えたら?」
「きっと無理さ。たぶんもう言われている」
心配気に見つめて来る彼女にミキは言葉を続けた。
「ツントーレからの兵の派遣を異様なまでに嫌がっていた。彼らは国軍が来るのを恐れている。それはなぜか?」
「えっと……悪いことをしているから?」
「違うよ。彼らはこの村の暮らしに介入されるのが嫌なんだ」
「かいにゅう?」
「他の人から『あれをしろこれをしろ』と言われたくないんだ」
「分かります。私も毎日ミキにあれをするなとか言われ、イタッ!」
「お前にしているのは介入じゃない。勉強と躾だ」
「指でベチッてするのは酷いです」
指で弾かれた額を押さえてレシアは涙目で訴える。
だがミキは気にせず受け流した。
「行きの商人や護衛から聞いたろ? この村の側を通る道は抜け道だと。なら普通に考えて、街道にしたくなるのが国って物だ。だがこの村の人たちはそれを反対している」
「それはいけないことですか?」
「良し悪しだな。でもこの村で言えば悪しだ。何を護りたいのかは知らないが、結果として村で一番大切な物を失っているのだから」
「大切な物?」
「そう……村人だよ」
「確かにそうですね」
レシアは決して頭が悪い訳ではない。
ただ余り使って来なかったから足らないだけなのだと、ミキはそう思う様になって来ていた。
だからいっぱい使わせてやれば、自分で考えて行動できるはずだと。
「でもそうすると……この村の人たちはどうなるんですか?」
「俺以外の人に依頼するか、村が潰れるまで現状を維持するかだろうな」
「それは可哀想です」
「そうだな。なら……この村の人たちが変わる様子を見せたら受けてやるか」
「変わる?」
「ああ。今までの考えを捨てて村のことを第一に考えられる様になったら……その時は受けてやろう」
「そうですね。それが良いです」
「俺たちが居るまでに変わればだけどな」
相手の言葉が余り良く分からなかったが、レシアは何となく嬉しくなって相手の腕に強く抱き付いた。
と、何かに気づいて一瞬離れる。もう一度相手の腕を見て……それに気づいた。
「最近ミキの腕が太くなった気がします」
「真面目に鍛練しているからな」
「む? それだと私が真面目にやってないように聞こえます」
「真面目に踊ってるか?」
「踊ってます。いつも真剣です!」
「そうか? 気のせいか最近、胸が膨らんだ気がするぞ? 食って寝てばかりでそこに肉が集まったんじゃないのか?」
その言葉に衝撃を受けたレシアは……自分の胸を押さえて数歩後退すると、何かを確認してガタガタと震えだした。
言われた通り少し大きくなった気がする。前と違って掌に少し収まらなくなった。
「今から踊るんで見ててください!」
「今日は良いだろう?」
「ダメです! ダメですダメです!」
慌てた様子で踊り出した彼女を見て……ミキはクスクスと笑っていた。
本当に素直で真面目で可愛い相手の様子に。
(C) 甲斐八雲
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