其の拾
「こんなお時間に申し訳ありません」
「別に構わんよ」
ズイゾグ村の村長宅を訪れたのは、日が沈んだ後だった。
声を掛けられたのは日も昇り始めた時間であったが、村の主だった者たちが仕事に出ているので集まってからと言う話になり、ミキはレシアを連れて赴いたのだ。
ミキたちは村長宅の奥まった場所に座らさせられ、村長たちは出入り口に近い場所に座って居る。
この世界における上座下座の明確な概念は無い。ただ偉い者は出入り口から離れた場所に座るのが風習だ。同格の者が離す場合は、出入り口に対して向かい合うように横に座り話をする。
今回に関すればミキたちは客であり、そして依頼を申し込まれた方となる。
普通に考えれば村長が奥まった方に座るはずなのだが。
「それで話とは?」
「はい。実は……少しこの村についてお話をしてからで宜しいか?」
「それを聞いて依頼したい内容が分かるなら」
最初から聞く気の無いレシアは、彼の腕に抱き付いたままだ。
そんな彼女の頭を軽く撫でてやりミキは話を促した。
きっと日が沈む前から皆で集まり、話し合って決めた段取りなのだろうから。
「はい。この村は昔から温泉に恵まれ、王侯貴族たちからお忍びで訪れる場所として知られていました。ですがその話が広まり『あの村は温泉で儲けて莫大な金を抱えている』と言う噂が流れたのです。そして賊が押し掛ける様になりました。我々はこの場所を護ろうと人を雇い賊と戦って追い払ったのですが……今度はその雇った者たちが、村を牛耳る様になり好き勝手に暴れるようになったのです」
どこかで聞いたような話だった。
こんな異なる世界に来ても人の行いを変わらないのだとミキは思う。
「そこに一人の男が来ました。護衛をしながら西から流れて来た男は、先代の村長の願いを聞いて賊共を全て討ち倒したのです。男の名前はシード。闘技場上がりの解放奴隷だと」
村長が座ったまま身を揺らして少し前へと移動する。
ようやく本題に差し掛かるのだろう。
「村は賊から解放され大いに喜びました。そしてそのシードをこの村に住まわせ外敵の備えとしたのが今から二十年前の話です。ですが彼は弟子を取り、やがてその弟子たちがまたこの村を牛耳る様に」
ググッと体を前に出し村長は、必死な様子で訴えて来る。
「ですから……どうかシードとその弟子たちを打ち倒して欲しいのです。もちろんお礼も致しますし、お望みならこの村に残って頂き暮らして貰っても構いません。食事などの面倒は全て村の者が行いますので」
床に擦り付けるかのように村長が深く頭を下げ、その動きに他の者たちが並ぶ。
「どうかお願いします」
一糸乱れぬ見事な動きだ。
ミキは軽く頭を掻いてどう返事をするか悩んだ。
と、きょとんとした様子で顔を覗き込んで来るレシアに気づいた。
「お前はどうしたい?」
「ん~。困っている人は助けるべきだと思います……」
「そうだな」
歯切れの悪い彼女の言葉が答えだ。
レシアは人の本質を覗き込んでいるかのように振る舞う時がある。
そんな彼女の内なる琴線を震わせないと言うことは、それがやはり答えなのだろう。
「折角だが断るよ」
「……はい?」
「だから断る」
「お待ちください! どうか……どうか!」
話は終わったとばかりに立ち上がろうとするミキに、村長は詰め寄り声を上げる。
そんな相手をやれやれと肩を竦めて彼は見た。
「悪いな。金には困っていない。女にもだ。得たい物が無いのに命を張るほど俺もお人好しじゃない」
「ですが! どうかそこを!」
「ならこうするのはどうだ? この辺りはブライドン王国の支配地。過去には王侯貴族が訪れていたのだから、ブライドンの関係者だろう? ツントーレの街に頼み兵を送って貰えば良い」
「……いやそれは……ちと」
「兵を呼べぬ事情でもあるのか?」
答えに窮した村長は困った様子で、背後に居る村の主だった者たちを見る。
だが視線を向けられる者は皆、その視線から逃れる様に顔を背けた。
「まあツントーレの街はシュンルーツとの国境線に位置するから、大軍を派遣して貰えることは無いだろうがな」
「そう! その通りにございます。シードの弟子は十数人。討伐軍を差し向けるほどの数では無いと、年に数回の巡視のみにございます」
「シードはどうか知らんが、弟子があの程度の実力なら同数の兵で制圧出来そうだがな」
「いえいえ。確かに年老いたシードは往年の実力はございませんが、一番弟子のディクスの強さは凄まじく……並の兵では太刀打ち出来るかどうか」
「なるほど。そんなに強いのなら俺が勝てるとは限らんな。やはり断らせて貰うよ」
「うえあ……ですがディクスの強さは弟子たちから聞いた物にございますので本当かどうかは」
「なら兵を呼べ。そして今後はツントーレに護って貰えば良い」
もうこれまでと言いたげにミキは言葉を終え、まだ座って居るレシアに手を貸して立ち上がらせる。
まだ何か言いたげな村長はその顔色を変化させ続けていたが……ミキたちが出て行くまで口を開くことは無かった。
(C) 甲斐八雲
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