其の玖

「痛い目を見たくないなら、な?」


 笑ったままで男の背後に居る仲間たちが左右へと移動する。ミキを挟む様、包囲する様な構えだ。

 だが彼は全くの緊張感を発せず、疲れた様子で息を吐いた。


「これは使わないでやるよ。まあ暇潰しぐらいにはなるだろうから」

「言ってろ餓鬼が!」


 ポンポンと刀を叩いたミキに、鎖が襲いかかる。


 先端には重りなのか分銅の様な塊を付けている。

 それが真っ直ぐ伸びて来て……ミキは体を捻って避けた。


「くっ! なら」


 今度は同時に二本の鎖が来る。しかしあっさりと避けた。


「温いな? もう少し本気を出せよ……まだレシアの縄の方が怖いぞ」

「この餓鬼が!」


 三本同時に襲いかかるが、ミキは軽く後退することで回避した。

 相手は武器の特性を全く理解していない。それだけに避けるのは簡単なのだ。


「そこで寝てるのも加わって四人でも良いぞ? ただし飽きたら攻撃するから……切りの良い場所で逃げることを勧めておく」

「ふざけるんじゃねぇ! 四人がかりで負けたとなったら俺たちの命がヤバいんだよ!」


 ここまで相手が強いとは思っていなかったのか、必死の形相で鎖を放って来る。だがどれも単調な攻撃だ。

 ただ前に向かって投げるだけの攻撃など……棒か何かで突かれるのよりも怖くない。

 鎖分銅は投擲武器では無い。その自在に動く鎖の部分を生かして振るうのが肝なのだ。


 交わしながらミキはそれを思い出した。

 義父である武蔵が言っていた。『鎖鎌は対して怖くなかった』と。


 宍戸何某ししどなにがしとやらと戦った時の話を、一度だけ聞いたことがある。

 あれは確か……『刀以外での武器をどう対処すれば良いのか?』と質問した時のことだ。


 義父は自分の経験から、棒、槍、鎖鎌などと戦った時のことを話してくれた。

 一番汲み易かったのが、鎖鎌と言う話だ。鎖分銅の動きがこうも単調なら頷ける。


 三人から四人に増えてもミキはさほど脅威を感じない。

 そろそろ頃合いかと判断して……十手を抜いた。


「今なら見逃す。次からはこちらから打つ。これは肉を斬らないが骨ぐらいなら断つ。覚悟を決めろ」

「……ここまでおちょくられて……逃げられるかよ!」


 吠えた男が鎖を放つ。ミキはそれを掻い潜りまずは相手の腹に一撃を入れた。

 息を詰まらせ倒れ込む相手の肩にもう一撃を放ち戦えなくする。


「次はどうする?」


 一人やられても男たちは逃げずに襲いかかって来た。




 地面に転がり呻いている男たちをそのままに、ミキたちは歩いていた。

 流石にあれだけ騒いでいたせいか、村人たちが様子を伺っているが……声を掛けて来る者は居ない。

 先に手を出して来たのは向こうなのだから問題にはならないだろうが、もし何かあったら面倒なのでそろそろこの村を出る頃なのかもしれない。


 そんなことを考え歩いていると……隙を伺っていたレシアが腕に抱き付いて来た。


「ミキは本当に綺麗に踊るのです」

「だからあんな動き……お前にも出来るだろうが?」

「出来ないのです。あれです。えっと……あれが違うんです」


 説明が足らなすぎる。

 催促しても仕方ないのが分かっているから、彼は両の拳を準備した。


「グリグリしないでも言います! あれです。私はあんな風に全てを削ぎ落した動きが出来ないんです。それはシャーマンとしての根本的な部分のあれを否定するので出来ないのです」

「もう少しだったな。でもまあ言いたいことは何と無く解ったよ」


 シャーマンの踊りは、自然に対する奉納に似た意味合いを持った踊りだ。

 対して自分の剣術は、如何に無駄の無い動きで相手を斬るかを追求した動き。


 根本と言うか、立っている舞台がまず違うのだ。


 生を感謝する踊りと死を与える剣術……その立ち位置が違い過ぎるのだ。


「お前はこんな動きをしなくても綺麗に踊れるんだ。だったらそっちを生かして伸ばした方が良い」

「ん~。でも私はもっといろんな踊りを見て学びたいです」

「そうか」

「そしていつかは聖地で『奉納の踊り』を捧げたいです」

「聖地?」


 足を止め相手を見る。初めて聞いた言葉に戸惑ったのだ。


「はい。シャーマンには聖地と言われる場所があって、そこで踊りを捧げるのが最高の名誉だと言われています。踊りを捧げるのだから白を纏う物にしか許されないことなんです」


 胸を張り、自分は踊れるんだぞとアピールして来る相手を見て彼は思う。


「その場所は何処か知ってるのか?」

「知りません。だから世界中を旅すればいつか寄れるかなって」

「……それでどうして今まで言わなかった?」

「はい。これは誰にも言っちゃダメと……あれ?」


 気が緩んでいたのはレシアも同じようだ。

 あわあわと慌てふためき……涙目の彼女はミキの腕に抱き付き直した。


「誰にも言わないで下さい。聴いたことも忘れて下さい」

「分かったからそんな泣きそうな顔をするな。それに一緒に旅をしていくんだから、いずれは俺だってその場所に行くはずだしな」

「そうですね。そうですよ。でも言っちゃダメです」

「解ったって」


 良し良しと頭を撫でてやり相手の気持ちが治まるのを待つ。

 うっかり口を滑らしてしまった様子だが、聞けて良かったとも思う。

 目的が漠然とし過ぎた旅なだけに……明確な目的地が出来るのはありがたい。

 その場所が何処か解らないのが問題であったとしてもだ。


 まだ涙目の相手を軽く促し歩き出すと、不意に近づいて来る老人の姿に気づいた。

 着ている服は村人よりも良い物だ。村の長か何かかもしれない。


「少しお待ちをっ!」

「何だ?」


 目の前まで来た老人は深々と頭を下げた。


「どうかこの村の存続にかかわる問題を解決して頂きたい」




(C) 甲斐八雲

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