其の拾捌

 前に出て来る相手に対して、ディクスは迷わず鎖を放つ。

 どれも必殺の気持ちを込めて放ってはいるが、今の所それは成功していない。

 回避に長けていると、彼なりに分析している。


 それを体現するかのように相手の装備……特に防具は軽装だ。

 近接戦闘をする者は、鎧などを身に付け守りを固めながら武器を振るう。

 結果として重りを背負い戦うこととなるので、力や体力的な消耗は激しくなるが……自分の身を護ることは大切なことだ。


 ディクス自体も本来なら革製の鎧を着て、同じ材質の腕当てや足当てなども身に付ける。

 今日は準備する間もなく戦いとなってしまったから防具など身に付けてはいない。だが相手は準備をしてこの場所に来たのだから、今の格好が普段からの姿なのだ。

 相手の攻撃を回避してあのカタナと呼ばれる鋭い刃で一撃で倒す気なのだろう。


 理解し彼はその口元に獰猛な笑みを浮かべる。あの若者を倒せると判断したのだ。


 シードと出会ったのはこの村に来る前だった。

 師匠である彼が西から流れてくる途中で偶然出会った。大人相手に喧嘩をする孤児……つまりディクスのその戦い方を気に入り、シードが拾ったのだ。


 それ以来ずっと彼の後に従い鎖鎌の技術を叩き込まれた。

 一体に何を恐れているのか分からなかったが、師匠は"カタナ"とそれを扱う者をとにかく恐れていた。

 だから多くの技術を生み出し、戦えば圧倒的に勝てるように備えて来たのだ。


 そんな師匠も寄る年波に勝てず、最近は小屋にこもったままだ。

 咳をすれば血が混じる様になったのがここ数日。もう長くはないと理解していた。


 育てて貰った恩がある。鍛えて貰った恩もある。


 それもあってディクスは師匠が死んだら、供養の一つもしてこの場を立ち去ることを決めていた。

 培ったこの力でどこかの国へと仕官し、地位と富などを得ようと決めていたのだ。


 その時は残る弟弟子たちには『好きにすると良い』と告げようと思っていた。

 この村の住人たちは、自己保身が強く変化を嫌う性質がある。きっとディクスが出て行くとなれば引き留めに来ること自体解っていた。無視することも出来るが、話をすることが煩わしかった。


 村人の行動が分かっているから彼は弟子たちに好きにさせる気でいた。

 何なら皆殺しにして全ての財をの根こそぎ奪う事すら勧める気でいたほどに。

 色々と考えが変更となってしまったが、大した問題ではないはずだ。


 前に立つ男は大金を持っていると聞いている。そして綺麗な女もだ。


 ここ最近は弟弟子たちには、抜け道を使っている馬車に若い女が居れば、その馬車を襲わせていた。そして連れて来た女に乱暴を働いて、口封じを兼ねて捕らえた者は全員殺して来た。

 ズイゾグの村長などはそのことを知りつつも、ツントーレからの探りが入ることを嫌がり、見て見ぬ振りをしている。


 本当に馬鹿な村と村民たちだ。いずれは被害者の家族たちがツントーレの兵士たちに掛け合い、この村に調べが入るのにだ。証拠なら弟弟子たちの天幕を調べればいくらでも見つかることだろう。そうすればこの村はツントーレの兵たちによって支配される。それか弟弟子たちによって荒らされるか。


 ディクスはその前に逃げる気でいた。



 そう。彼はもう勝った気でいたのだ。

 彼の視界に入らない場所で、レシアが腰に巻いている紐を解いて頭上に掲げているのも知らずに。




 放たれは分銅を……ミキは弾いて間合いを詰めた。


「なにっ!」

「しっ!」


 正眼の構えから両腕を伸ばす感じで繰り出された突きを、ディクスはどうにか頭を振って回避した。突然相手の動きが変わったのだ。


 初めてディクスの方が後退して、ミキとの距離を離した。


「まぐれだろ?」

「どうかな……もう一度やってみれば分かるさ」

「囀るな小僧!」


 構えすら見せず近づいて来たミキに対して、放った分銅はまた弾かれる。

 ディクスはそれがまぐれでは無く、完全に見斬られたことを痛感した。

 そうしなければ無造作に動かした刀が分銅を弾くことなど無いからだ。


 切迫した刃を鎌で受け、どうにか攻撃から逃れる。

 軽く胴体に触れた刀の切っ先が、ディクスの肌を薄く裂いていたが。


「どうして?」

「俺の連れは踊りの天才でね。そんな彼女が思い出せと訴えて来るものだから」


 その言葉に辺りを見渡し、ディクスはそれを捕らえた。

 腰に縄を巻いている少女の存在だ。


 ただ腰紐をおかしな結び方をしている様子で……こちらを見てすらいない。


「村に来る途中でアイツと遊んでいた時に、鎖分銅の動きに似た物をこの目に焼き付けた。だがどうも温泉に浸かり過ぎたせいかうっかりと忘れていてな。ようやく思い出したんだよ」

「何を?」

「分銅の先端さ」

「……」


 トントンと刀の峰で肩を叩いてミキは脱力に努める。


「義父殿の言う通りだ。鎖鎌はそれほど恐ろしい武器じゃない。むしろ槍の方が怖いな」

「何を!」

「分銅も槍も攻撃する時は真っ直ぐ相手に向かって来る。だから先端の動きを見ていれば、ある程度どこに来るかは予測出来るんだ。だが槍の場合は、腕の動きでそこから上下左右に動いて来る。で、その分銅はどうだ? 途中で曲げれば威力が無くなるのだろう?」

「……」

「分銅さえどうにかすればあとの武器は鎌だ」

「確かにな。だがこれならどうだ!」




(C) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る