其の肆

「おんや?」

「どうも」

「こげな道を歩きかね?」

「はい」


 問題を起こさないように、レシアをロバの方へと押しやりミキが話に応じた。

 止まった荷馬車を操っている初老の男は、驚きを通り越し呆れた様子の表情を見せている。

 荷台に乗って居た護衛らしき中年の男が、ようやく仕事を思い出したように地面に降りた。


「……二人でここを歩いて来たのか?」

「ええ。あと一頭ですが」

「ただのロバだよな?」

「ロバですよ」

「……まあこの辺は化け物共も余り姿を現さないから、歩いて行くことも出来なくないがな」


 これまた呆れた様子で護衛の男も頭を掻いた。

 長いことこの道で護衛の仕事をしている彼は理解している。

 化け物が姿を現すのは山で何かあった時ぐらいだ。前に姿を出したのは三年前の山火事があった時だ。


 それだけに山の方で何か起これば、誰もすき好んで移動などしない。

 危ないからだ。


 賃金としては安いが、比較的安全な仕事。

 この職について十数年……徒歩で移動している者たちを見るのは初めてだった。


「で、どこに向かってるんだ?」

「あ~。ちょっとした訳でここが何処か解って無いんだ。良ければ教えて欲しい」

「んん? 逃亡奴隷か何かか?」

「そうだったらこんな荷物を抱えて移動などしてない。ただの旅行だよ」

「旅行……旅行ね。まうこの先には廃れたとは言え温泉で有名なズイゾグの村があるからな。目的地はそこか?」

「……たぶんそこだと思う」


 ガギン峠を西に向かい山を越えて来たなどと言ったら、信じて貰えないことぐらい分かっている。

 今にして思えば……結構危ない道程だったのかもしれない。


「まああそこは、昔ほどの活気は無いが湯は悪くないしな」

「出来たらのんびりしたいが可能か?」

「ああ。宿屋はまだ数件営業していたはずだ。この道は大きくないがツントーレに向かう抜け道として有名だからな」

「ツントーレ? ブライドンの西の街か」


 頭の中に地図を思い浮かべてミキは漠然と現在位置を把握した。

 何かの間違いで進路がズレたらしい。西に向かったはずが、南西の方角に移動していた。

 森の国と呼ばれるシュンルーツに向かったはずだったが……まあ誤差の範囲だ。


 立ち話をしていてもあれなので、護衛に小銭を渡し交渉に移った。

 商売の帰りで荷が少ないのもありあっさりと便乗することが出来た。


「そのロバは?」

「荷物を荷台の方に移して良いなら勝手について来る」

「は~。良く飼い慣らされているんだな」

「ああ。会話でもするかのように生き物の扱いに長けてるんでな。俺の連れが」


 ジッとロバの目を見ていたレシアが終わったとばかりに荷台に飛び乗った。

 やれやれと呆れつつも荷物を移しミキも荷台に乗る。


 ゆっくりと動き出した荷馬車を……ロバはのんびりと追いかけて来る。


「で、お前さんたちは何でこんな辺境な場所に?」

「……旅行をしていてな。普通の街道を使うのも面白くないと」

「おいおい。ずいぶんと危ない考えだな」

「まあな。余り化け物が出ないから調子に乗っていただけかもしれない」

「この辺はあまり出ない場所だから不可能じゃ無いんだがな」

「そうなのか?」

「知らずに歩いてたのか?」

「ハインハルの東から来たからな」

「はぁ~。あんな遠い場所から……まさか歩いて?」

「流石にそれは無いよ。途中まで商隊の護衛をしながらだ」


 会話をしながらミキは相手から情報を聞き出す。


 どうやら自分の頭の中の地図と現在地はそんなに間違っていないらしい。

 間違っていたのは進行方向だけだ。


 最初から会話に加わる気の無いレシアは、荷馬車の空いてる場所に寝そべり早速身を丸めている。

 こんな時間から寝たら夜寝れなくなりそうだが……まあそれは自己責任だから仕方ない。


「東から来たってことは……ガギン峠がどうなったか知ってるか?」

「ああ。噂程度にな。ハインハルの国軍が制圧したらしい」

「それは良かった。あそこが使えなくなっていたからこの有様なんだよ。荷を持って行っても帰りに運ぶ荷がな」

「次に行けば……すぐに商隊が動き出すとは思えないな。少し間隔を開けて行けば丁度良いかもしれない」

「そうか。なあ親方? ツントーレに戻ったら少し休みにしないか?」

「だな。無駄足になるよりかそっちの方がええ」


 多くは語らず必要なモノだけを拾い集める。

 そんな会話を繰り広げているミキの言葉を聴きながら、レシアはぐっすりと眠っていた。

 難しい話やことは、出来る人がやれば良いと最初から思っているからだ。




「ミキミキ」

「ん」

「温泉って何ですか?」


 便乗させて貰った荷馬車を止め夜営の支度を進めていると、軽く踊って目を覚ました彼女が駆け寄って来た。

 少しは手伝えと、いつも使っている天幕を渡して二人で準備する。


「そうだな。地面から沸き出すお湯って言えば解るか?」

「泉みたいな物ですか?」

「そう。その水がお湯なんだ」

「お湯なんですか?」

「……本当に知らないのか? ハインハルにもあるぞ?」

「知らないです。私は育った村から出たのはあれが初めてなので」


 あれとはクックマンに売られたことを指しているのだろう。

 そう考えれば、相手が本当に知らないのも頷ける。


「温泉は風呂の様に入って体を癒すんだ」

「お風呂なんですか?」

「ああ。昔は湯治などで通ったこともある」

「とうじ?」

「……温泉の湯は傷を治す効果があると言われているんだ」

「凄いですね。早く入ってみたいです!」


 温泉のことで頭をいっぱいにさせ興奮したレシアは……昼寝したこともあってその夜は一睡も出来なかった。




(C) 甲斐八雲

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