其の参

「ずっと頬を膨らまして……食べ物でも隠しているのか?」

「違います。怒ってるんです」

「怒ってるって言われてもな」


 身に覚えがあるからミキとて強く言えない。

 まあ少し悪戯が過ぎたことは認める。


「お前が服を脱いで寝てるのが悪いんだろ?」

「……昔から寝る時は薄着なんです。悪いですか!」

「悪くは無いだろうが、見られて怒るくらいなら服を着ろ」

「見られて怒ってるんじゃないです! ミキがあんなことをするから!」


 プイッと顔を背けて彼女は早足で歩き出した。

 沸々と、怒りがまたこみ上げて来る。確かに服を脱いで寝ていた自分にだって少しぐらい悪い部分がある。だからって寝ている時に被っていた皮で上半身を縛らなくても良い。運悪く胸の所が裂けたのは事故だとしてもだ。


「悪かたって」

「フンです」


 相手の顔を見たく無いからレシアは前をズンズン進む。


 鬱蒼と茂る木々の間を抜けて道らしき場所に出てから適当に歩いている。

 どこに向かう道なのかは知らない。でも道などと言う物は、人の住む場所を繋ぐために存在している。歩いていれば必ず集落に辿り着くはずだ。


 歩きながらレシアはそっと自分の胸に触れた。


 今朝は相手の悪戯から色々と騒いで確認をするのを忘れていたが、噛まれた胸に跡は残って無かった。

 思えば噛まれた訳では無いのかもしれない。軽く……やはり噛まれた。

 まるで乳飲み子の様にされたその行為が、訳もなく恥ずかしくて彼女の気持ちをささくれ立たせる。

 こんな気持ちは今まで生きてきた中で初めてだ。


「解った。次の街か村にでも着いたら好きなだけ食事して良いから」

「そんな言葉では許しません」

「そうか。なら……何か服を買うか。ちゃんと眠る時に着る薄手の服を」

「……それを着て寝れば悪戯しませんか?」

「今朝はやり過ぎたよ。もうしない」

「……なら服で手を打ちます。出来たら白い服が良いです」

「白は汚れが目立つぞ?」

「良いんです。私に与えられた最初の色がそれですから」


 少し機嫌が直ったのか、レシアは懐から例の縄を取り出してクルクルと振り回す。

 その一つ一つの動きが隙が無くて美しいのだから、彼女の持つ才能は本当に凄い。


 振っている縄が自分の腕に絡むのを見て、レシアはそれを閃いた。

 道を歩いている彼は軽く肩をすくめて欠伸を噛み殺している。ちなみにロバは荷物を背負い勝手について来る。手綱はここ最近一度も引いていない。


 ん~っと鼻歌交じりで軽く足を動かし、レシアは縄を彼に向かい放った。

 絡ませて引き寄せて抱き付く計画だ。そんなことに伝承の一品を使っている。


 だがミキは視線すら向けずにそれを回避した。


「……」

「どうした?」


 相手から感じた気配にミキは面倒臭そうに顔を向ける。

 縄が地面に着く前に引き戻したレシアは、クルッと軽く動いてまた縄を投げる。

 こちらもスッと半歩引いてミキが交わす。

 縄を投げる。縄を交わす。縄を投げる。縄を交わす。縄を……しばらくその攻防が繰り返された。


「にゃ~!」

「来いよ」

「絶対に当てます!」

「絶対に避ける」


 当初の目的を忘れ、レシアは全力で縄を扱う。

 その動きはまるで意思を持つ蛇の様で、直線、曲線、放物線と……自由自在の変化を見せる。

 迎え撃つミキとて手を抜かない。

 襲いかかる縄の先端を見つめて確実に回避し続ける。


 そんな二人の様子を見ていたロバは……長くなりそうだと判断して道端の草を食べ出した。




「当たれ~!」

「おっと」

「どうして今のが避けられるんですか!」

「……じっくり見てるから?」

「腹立たしいです! 必ず当てます!」


 本当に相手の才能が羨ましく思える。

 縄一本でここまでの動きを見せるとは……ミキは全身に嫌な汗をかいていた。

 これが縄では無くて何かしらの武器だったら、確実に自分は負けているかもしれない。

 軽い分だけ縄の動きが緩いからこそ回避し続けていられるのだ。


 縄を手元に戻したレシアは、それをジッと見つめて……不意に辺りを見渡した。


「これです。この石を、こうして」

「……」


 彼は黙って腰の後ろに差してある十手を抜いた。

 相手も縄と石を使っているのだから文句は受け付けない。


「これで当てます」

「叩き落す」


 道端で寝ころんだロバは見てて思った。出来たら背中の荷物を降ろして欲しいと。




「もうもうもう!」

「ギリギリか」

「あと少しなのに! 明日になったら絶対に当てます。今日はこれから練習です」

「いや明日になったら俺の負けだな。素直に負けを認めるよ」

「本当ですか? やった~! ミキに勝ちました~!」


 綺麗に当初の目的を忘れてレシアは、全身で喜びを表現して飛び回る。

 地面に座り込だ相手に駆け寄り、抱き付き……その頬を相手の顔に擦り付けた。


 二人とも汗だくだから正直気分の良い物では無かったが、嬉しさがありありと垣間見れるので……ミキは黙ってされるがままだ。

 時折ポンポンと頭を撫でてやるだけで少女の嬉しそうな様子が強まる。


「すっかり忘れていたが、それって大切な物なんだろ?」

「そうですね。……そうなんですか? 私はただ貰っただけなので」

「宝の持ち腐れだな」


 レシアが握っている縄を受け取り石を外す。

 ふとミキはそれに気づいて……縄を彼女の腰に巻いた。そして結ぶ。

 結び目は綺麗な蝶々結びだ。


「わぁ~! 何ですかこれ? 綺麗です! 可愛いです!」

「蝶結び。蝶々結びとも言われる結び方だ。その長い方を引っ張ると簡単に取れるぞ?」

「取らないで下さい。私これ……気に入りました」

「いや服を脱ぐ時は取れ。また結んでやるから」

「本当ですか? なら毎日結んでくださいね!」

「解ったよ」


 腰に七色の蝶を付けたレシアが嬉しそうに踊り出した。




(C) 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る