其の弐拾肆
レシアはガギン峠から離れた草原で、彼の帰りを待っていた。
周りに居るのは一つ目の巨人とその仲間たち。あとはラーニャと犬のような化け物だけだ。
ラーニャはレシアから渡された蛇から貰った縄を見て驚きおののいたままだ。
噂に聞いていた……と言うか、伝承の世界に存在する一品のはずの物が自分の手の中にあるのだ。喜びや諸々の感情で震えが止まらない。
その様な物を預けたレシアはと言うと、偉い人に会って話をして来ると言って別れた相手を待って待ちぼうけ状態だ。
暇を持て余しているのと、やはり不安と心配な気持ちもある。
座って居る一つ目の巨人の背中に寄りかかり空を見上げていると……何かに反応した様子で犬が吠えた。
ロバの背に荷物を括り付け、それを引いて歩いて来たミキが軽く手を挙げた。
「悪い。遅くなった」
「知りません。ふん!」
「そんなに怒るなよ。肉とか果実とか貰って来たぞ」
「それは貰います。ふん!」
口調は怒っているが、彼女の視線はロバの背に固定されている。
涎を溢しそうなほど表情が緩んでいるのは、年頃の女性としてどうかと思うが。
「そんな顔をするな。綺麗な顔が台無しだぞ?」
「む~」
褒められたと受け取ったレシアは色んな感情を捨て去ることにした。
怒り続けて相手がまた小言を言い出すのも嫌だし、何より美味しい物は相手が握っている。
「ミキ。この子は?」
「荷物が増えたから貰って来た。大人しくて物応じしない良い子だそうだ」
「はい。とても良い目をしてます」
様子を見ながらレシアはロバの手綱をミキから奪い取る。
ロバを撫でる振りをしながら背の荷物を確認し始めた。
その様子を悟られているとも知らず、ロバと戯れるレシアをミキが眺めていると……胸の位置の高さで両手で何かを掬う様な体勢のラーニャが震えながら近づいて来る。
「ミキさん」
「ん」
「これをお返しします」
「ああ」
何気なく受け取ったのはレシアが貰った不思議な縄だった。
ようやく重圧から解放された様子の彼女は、地面に座り込んで大きく息を吐いた。
「これって何か特別な物なの?」
「はい。……蛇系の種は、脱皮した皮を食べて自分の中で糸を紡ぐのです。それは細く短い物なのですが、何回も重ねることで太く長くなります」
「へ~。これは随分と長いこと掛かって作られたんだろうな」
「たぶん数百年は……。それほど長く生きるものは神格を得ると言われています」
「蛇は何処の世界にも神様になれるもんなんだな。レシア」
「はい?」
「これって貴重な物なんだろ? 大切に持ってろ」
「は~い」
投げ寄こされたそれを受け取り、彼女は無造作に懐の中へとしまう。
本当にこの二人は、常識と言うか……何か根底から普通の人と違うのかもしれないとラーニャは思った。
本当について行けない。恐ろしくて一緒に居たくないとすら思う。
一つ目の巨人がラーニャと犬を肩に乗せ、仲間たちと共に歩いていく。
向かう先はレシアが住んでいた村だ。
ハインハル国王からのシャーマンの保護が確約された今、彼女に手渡した国王からの書状と共に数個の宝石が忍ばせてある。
ラーニャには告げていないがそれは彼女の為の生活費などに使われる。
国費であり国王の命令だから彼女は村で大切に扱われることとなる。その子供と共に。
本人は自分が戦いに巻き込んでしまった仲間たちを供養して生きて行くと言っていたが。
「大丈夫かね」
「大丈夫です。シャーマンは自然に愛されてますから」
「そっちじゃ無くて……一つ目の上で目を回している様に見えるんだが」
「たぶん大丈夫ですよ。あの子は良い子ですから」
「頭の方はかなり足らなそうだぞ?」
「純粋で良い子なんです。ミキは直ぐ頭の良し悪しに結び付ける考えを改めた方が良いです」
「馬鹿が全員純粋なら……この世は平和だろうな」
「悪意を感じます! 言いたいことがあるならはっきりと言ってください!」
「なら言うか。その両手に抱えている果実を戻せ」
「これはあれです。歩きながら食べるんです」
「元に戻せ」
「でも~」
「あとでゆっくりと二人で食べれば良いだろ? しばらくは二人旅だしな」
「……はい」
渋々といった様子で果実を戻しているが、その表情は笑顔で緩んでいるが。
「ミキ?」
「ん」
「次はどこに向かうんですか?」
「そうだな……」
辺りを見渡し彼は考えた。
また同じ道を通るのは面白くない。
ただガギン峠を越えるとハインハルの王都に向かうことになる。
国王に姿を見られたらまた酷い勧誘を受けそうだ。
「そうだな……あっちに行くか」
「あっちですか?」
「そうあっち」
「……山しか見えませんよ?」
木々の茂る青々とした山の方角をミキは指さす。
「あの山を越えれば海に近づくぞ」
「それは良いですね」
「何より一度通った道では新しい刺激は少なそうだしな」
「ですね」
「なら山を越えて新しい道を作りに行くか」
「はい」
嬉しそうに彼の横に立ったレシアはいつもの様に寄り添った。
と、相手の手が肩に回り軽く抱かれる。
肩を抱かれたのだ。
「あっ」
「ん?」
「何でも無いです」
満面の笑みを浮かべレシアは彼の胸に頬を寄せた。
~あとがき~
これにて参章の終わりとなります。
(C) 甲斐八雲
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