其の弐拾参

 降伏した兵たちは国軍に復帰ということで、上官らしき者がそれぞれ振り分けていく。

 その様子を視察した後に、ミキは国王に連れられ国王専用の天幕へと来た。


 護衛らしき兵の数が多い。無論ミキも武器の所持など許されない。

 事前に全ての武器はレシアに預けておいた。


「物々しい状況で済まんな」

「いえ。慣れていますので」

「そうか。元は何処かに仕えていたのか?」

「いえ。闘技場に居りました。舞台上がりの解放奴隷です」

「その若さでか?」

「はい」

「……小耳に挟んだが、確か『タンザールゲフでとんでもない大穴の一戦があった』と」

「自分にございます」

「そうか。ならば納得だ」


 はははと笑い国王は用意させたテーブルに座る。

 上座はもちろん国王であるが、ミキはその横に座る名誉を頂いた。背後には屈強な護衛が二人立っているが。


「して聞きたい。どう言う経緯でクーゼラを討ったのか?」

「……成り行きでございます」

「成り行きと?」

「はい」


 そしてミキはイットーンを出てからのことを詳しく説明した。

 誤魔化しようが無いのでシャーマンのことも隠さず話す。聞き終えた国王は腕を組み……しばし沈黙した。


「古い書物などにはシャーマンのことがよく書かれている。彼の者たちは古き時代より、人と化け物との境を護り、共存出来る様に調整していた存在らしい。だが時は流れ時代が過行く度に、そのことは人々から忘れ去られ今の彼女らは迫害と言ってもよい仕打ちを受けている」


 軽くワインで口を潤し、王は言葉を続ける。


「クーゼラはそんな悪き流れに乗じて、やってはならないことをしたのかもしれんな」

「失礼ながら。クーゼラは王家の血が流れていると申してましたが?」

「ああ事実だ。三代前の王族……王が手伝いの女を抱いて宿らせた子だがな」


 遠くを見つめ、彼は息を吐いた。


「クーゼラには悪いことをした。彼の反乱計画は早い内から掴んでいた。それを使い我は政変を成し遂げた。反乱軍の対処を話し合うために集まった国王や大臣を全て討つことが出来たのは彼のおかげだ」

「その言葉は墓碑にでも伝えれば良いかと」

「彼は許してくれようか?」

「恨み続けるでしょうが……彼が国を思う騎士であれば」

「解った。大きく作ってやることは出来んが、先祖代々の墓所に埋めてやることは出来よう」

「それが良いかと」


 一息入れて王はミキを見た。


「お主は恐ろしい男だな?」

「何か?」

「知らぬ間に心の内を話してしまう。恐ろしいほど自然とな」

「それが自分の役目だと自負しておりますので」

「王佐の才か。王を助ける素晴らしき才能を持つ者を指す言葉だ」

「いえいえ。自分は相手の小言を聴く程度の存在にございます」

「その小言を聞いてより適切な助言をする者は重宝されるものだ」


 ニヤリと王は笑った。


「知識は学べば得られる。力は鍛えれば得られる。だが才能だけは生まれ持った資質だ。どんなに望んでも手に入れることは出来ないだろう」

「確かに」

「……どうだ。我に仕えないか? 望むのであれば大臣くらいの地位をくれよう」

「ははは。お断りします」


 迷うこと無くミキは拒絶した。まるでその答えを待っていた様に王は続ける。


「ならば将軍ではどうだ? 望むなら地方の領主でも構わんぞ?」

「無駄に御座います国王。自分にはその手の欲が"今"はございません」

「そうか。"今"は無いか」

「はい。今有る欲は、この世界を見て回り多くの経験を積むこと。その為には地位も役職も邪魔になる物にございます」

「なるほどな。優れた者ほど縛り付けるのは難しいか。歴史書は嘘を吐かんな」


 やれやれと言った様子で国王は諦めた。

 直ぐに応じるとは最初から思っていなかったのだ。


 もし仮に応じるようならば……彼は護衛の部下に対して『殺せ』と命じたことだろう。

 有能な野心家ほど恐ろしい存在は無いからだ。


「その旅に必要な物はあるか? 反乱軍を鎮めた褒美として与えよう」

「ならば助けた女たちが居ます。その者たちを生活の保障を」

「うむ。容易いな」

「あと……シャーマンたちを道具として今後取り扱わないことを誓って頂きたい」

「ほう。それは面白い」


 空気が変わった。護衛の様子からいつでも剣を抜ける状態なのを感じつつミキは迷わない。


「彼女たちの力は"劇薬"です。使えば強い効果を望めますが、きっと使った者に対して強い痛みを伴う物だと思います」

「クーゼラの様にか?」

「はい。ならば逆に彼女たちを保護して、化け物と人との境を明確にし、内政に励み国力を整えるのが一番かと。昨今のハインハルの化け物襲撃は、その境が明確でなくなったせいだと思いますので」

「なるほどな。だがそれは我が国からすれば少々苦い薬やもしれん」

「他国を攻めても得る物は一時の富です。地道な内政が国の礎だと、自分はある人から言われました」

「そうか。それを言った者は、良き統治者であったのだろうな」

「はい」


 言い過ぎたと思いながらも、相手が探りを入れて来ないことにミキは安どした。

 自分が使えていた主は、良き人物であり名君と呼んでよい人だった。

 だからこそその教えは正しいと思える。


 長い沈黙の後……セイアスは口を開いた。


「解った。誓おう。この誓いは我が国からすれば苦い薬ともなろうがな」

「はい。でも自分の生まれた場所にはこのような言葉がございます。『良薬は口に苦し』と」

「そうあってくれると良いな」




(C) 甲斐八雲

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