其の弐拾弐

 為すべきことを終えたミキは、刀に着いていた血と脂を拭い……彼女の踊りを、その周りを見ていた。


 役目を終えた様に一匹ずつ化け物達が静かに離れていく。

 その意識や考えなど分からないが、きっと彼らの中で一つの"区切り"が着いたのだろう。

 仲間を失ったこと。その仲間への鎮魂の叫びを奉げ……彼らもまた自分たちの生活へと戻って行くのだ。


 そう考えれば化け物と呼ばれているだけで人と大して変わらない。

 彼らから見れば人間の方が"化け物"にしか見えないだろうが。


 ひと際大きな笛の音が響き……月光の元で地面に跪いて天に祈るような仕草で彼女の踊りは終わった。

 本当に形容するべき言葉が見つからないほど美しい。


「……カンレ! カンレ~!」


 ただその声を発するラーニャの悲しみは、癒えることは無かった様だ。

 無理も無い。一番大切な人を失ったのだから。

 どんなに気持ちを吐き出せたとしても、心の傷が直ぐに癒えることは無いだろう。

 ゆっくりと歩き、跪いたままの彼女に……ミキは手を伸ばした。


「ミキ」

「ん?」

「どうでしたか?」

「……」


 満足気な笑みが輝いて見える。とても綺麗で愛らしい。

 故にミキは優しくなどしてやらない。


「まだまだだな」

「……これでもですか? 今日は凄く良く踊れました!」

「でもまだまだだ」

「何がですか! どこがですか!」


 怒りながらも手を借りて起き上がったレシアが、上気していた顔をより赤くして怒る。


「ならお前の踊りは、今ので"完成"したのか?」

「……まだです」


 クスッと笑い告げられた相手の言葉に、口を開閉させたレシアは……シュンと意気消沈した。


 そうだ。自分の踊りはまだ完成などしていない。

 確かに今日は良く踊れたが、それは気持ちの上であって技術はまだまだだ。

 折角の笑顔が曇り出したのて、ミキは手を伸ばし優しく頭を撫でる。


「でも"今日"の踊りは良かったよ。お互いまだまだだけどな」

「はい。だからもっと頑張りましょうね」

「そうだな。もっと頑張らないとな」


 自分たちをグルッと取り囲む兵を見ながらミキは答える。

 ただ彼らに戦う意思は感じられない。

 これからどうするのかを問い詰めたい気持ちなのだろう。


 と、兵を掻き分けそれが出て来た。

 大きな三つ又の蛇だ。たぶん化け物だろうが……この場に残っているのは一つ目の巨人たちと、ラーニャの側に居る犬のような物だけだとミキは思っていた。


 ヌッと姿を現したそれに兵たちは逃げ腰で場所を譲る。

 蛇はレシアを見つめると……その口から眩いばかりの塊を吐き出し去って行った。


「ミキ。貰いました」

「……何だそれは?」

「う~んと。何か大切な物らしいです」

「……良かったな」

「はい」


 たぶん説明されても理解出来ないのが彼女だ。それを良く知るミキは深い追及を避けた。


 受け取った塊は彼女の手の中で解けて縄状の物体であることが解った。

 虹色の様な美しい色彩を放つそれを両手で持ちレシアは嬉しそうにクルクルと踊る。


 半ばぼんやり眺めるミキに、どうにか立ち上がったラーニャが深々とこうべを垂れた。


「色々とお世話になりました」

「構わんよ。ついでだ」

「それにしても凄いのですね。白の飾り布を持つ人って」

「能力は認めるよ。出来たら頭の方も良くして貰えると有り難かったが」

「……きっとああ言う所が……その……」

「言葉に困るなら無理に弁護するな。あれはただの馬鹿だ」

「ミキ~。聞こえてますからね~」

「馬鹿だから臆することなく無理が出来る。ある意味凄いことだよ」

「そうですね」

「えっと……褒めてるっぽいから良いです~」


 両手で縄の端を持って踊る彼女の様子に兵たちは完全に困り顔だ。

 やれやれと肩をすくめてミキは、とりあえず次なる仕事に取り掛かろうと頭の中を切り替えた。



 ハインハル新国王セイアス率いる国軍がガギン峠に到着したのは、それから三日後だった。




「なるほどな」


 塩漬けにされた反乱軍の首謀者の首実検を終え、セイアスは降伏を願い出ている者たちに目を向けた。

 新国王……三十半ばのどこか頼りなさそうに見える線の細い男性に、クーゼラに従っていた兵たちが腰を折り服従の姿勢を見せる。無論彼らに抵抗の意思は無い。


「首謀者であるクーゼラからの命を賭しての申し出だ。それを断る通りは無い。皆の国軍復帰を認める。ブライドンの者は亡命か、あるいは帰国することも特別に許そう」

「有り難きお言葉にございます」


 降伏する者たちの代表として交渉にあたっている青年が深く一礼してみせた。


「して。この反乱を終わらせたと言う若者は?」

「はい。『自分が居ては何かと面倒になるから』と言って後の始末を申し出ると立ち去りました」

「そうか。出来れば会ってみたかったがな」

「いえ陛下。相手は反乱を鎮めたとは言え騎士を殺した者にございます。強いて言えば罪人と呼んでもおかしくも無い」


 若き兵の言葉に王は笑顔で答えた。


「ははは。此度の反乱鎮圧には在野の者を広く募った。なら正規の手続きを踏まずして加担した者を取り締まっては今後に響いてしまう。もしその"若者"と会えるのならば会いたいものだが?」

「陛下」

「出来ることなら兵たちに強く言っておくべきだったな? 『何があっても自分の方を見るな』と」

「いえ。『何かあったら一目散に逃げるので、逃げる素振りを見せたら道を開けろ』と強く言ってあります」

「愉快愉快。なら我と会って話すことに躊躇いは無かったと?」

「はい。躊躇うようなら交渉役など引き受けません」


 やれやれと言った様子で若き兵……ミキは軽く肩を竦めた。




(C) 甲斐八雲

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