其の弐拾壱
『自分の行いに付き合わせてしまった者たちの"命"だけは救わなければならない』
それがクーゼラの出した答えだ。だからこそ命を賭した渾身の突きを放った。
半歩横に動いたミキはその突きを見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。
技術などなっていない。鍛練不足も見て取れる。攻撃としては酷い物だ。
でも気持ちが籠っていた。熱い気持ちが……それは報いなければいけない。
本当に厄介事が転がり込んで来て気が抜けない日々だ。
もしシャーマンの力がこの生活を生んでいると言うのなら、自分は死ぬ瞬間まで感謝しなければいけない。
元の世界に居ては得られなかったであろう経験を。
下から上へと振るった刀が……騎士の両手首を切断した。
「レシア!」
「……はい?」
「踊れ! 全力で!」
「はいっ!」
地面に倒れ込もうとしている相手を、片腕で支える彼の言葉にレシアは迷うことなく応じた。
でも相手の指示は"全力"だ。それには色々と足らない。
一度胸の前で手を叩き、近くに居る友達にお願いをする。彼らは無条件で応じてくれた。
「ラーニャさん」
「……はい?」
「笛を」
「でも……」
「良いから笛を。全力で、心を込めて、貴女の一番大切な人へ届く様にっ!」
告げて走り出した少女の背を見送りラーニャは困っていた。
自分にはもう笛を吹く資格など無い。あれだけ仲間たちを死地へと追いやった自分には……と、彼女の前にそれが現れた。
いつも近くに居てくれる犬型の子だ。その子が咥えているのは横笛だった。
早く吹いてと言わんばかりに尻尾を振って笛を押し付けて来る。
「吹けと言うの? この私に」
コクコクと頷く様に顔を振る子から笛を受け取り、彼女は覚悟を決めて口へと運んだ。
流れた音は一音。甲高く始まりを告げるような音だ。
そして静かな音色が辺りを包む。
訳も分からず様子を見ていた兵士たちはふとそれに気づいた。
化け物達が顔を上げ……空に向かい音を発していることに。
遠吠えの様な低く長い音。それが全ての化け物達が奏でる音だった。
レシアはクルッと一回りして、舞台が整ったのを感じた。
あとは天を覆う雲が……スッと一条の明かりが彼女を照らす。
スポットライトを上から浴びた様に、彼女だけを月明かりが照らし出す。
今夜はとにかく調子が良い。
周りの空気が、自然そのものが無条件で手を貸してくれる。
これで失敗したら全て自分が悪い。
レシアは大きく息を吐いて、スカートの裾を軽く持ち上げて一礼した。
『さあ……ミキ! 貴方の踊りにも負けない私の踊りを見て!』
優雅にして華麗。
見る者全ての心を支配する。
両腕の先から抜けていく血液のせいで寒さを感じていたクーゼラは、それを見て心の奥底から暖かくなるのを感じた。
本当に美しく……どんな言葉を以てしても表現のしようがない。
跳んだり跳ねたり激しい時もあれば、指先だけで表現する繊細な動きなど、どれほど人の心を掴んで離さないのかと呻きたくなるほどだ。
素晴らしい。あれがシャーマンの業なのかと。
「どうやら本当に……間違いが過ぎたようだ」
「気にするな。人は誰しも間違うものさ」
「言うな若造が」
「言えるさ。だからその間違いを認めて改めて成長する。それが人間だ」
クーゼラの背後に立ち、ミキは刀を握り締めた。
最後の仕事がまだ残っている。
「成長か。次がある者の言える言葉だな」
「なら次の世に持って行け。生まれ変わって学べば良い」
「ははは。それが出来たらどれほど良いか……」
重そうに体を動かし、彼は頭を突き出す姿勢を取る。
「部下の助命を頼む」
「敵将の首を届ければ……それぐらいはどうにかなるだろうな」
「ああ。済まない」
「良いさ。次いでだ」
「そうか」
レシアの踊りは最高潮だ。
これほどの踊りで迎える死とはどうなんだろうな?
死んだ経験はあってもそれは分からない。
ただ今なら……迷うことなく成仏は出来そうだ。
「南無八幡大菩薩……御免」
ミキの刀は、首の皮一枚残して断ち切った。
一つの魂が体から離れるのを感じた。
解っている。彼がまた一つの命を奪ったことを。
それは悲しいことだ。いけないことだ。でも……
人は生きている以上、何かしらの命を奪い生きて行く。
それは自分とて変わらない。だからその行為を悪く言うことなど出来ない。
だからこそ踊りを捧げるのだ。
自然に対して許しを請う為に、そして行き場を求める魂を誘う為に。
『ああ……凄い。凄いですよ。ミキ~』
自分の周りを覆う物は悲しみばかりだ。
その中で踊る自分が悦びに打ち震えているのは不謹慎なのかもしれない。
だが心がはやる。どうしても止められない。
悲しみが渦巻く中心で、レシアは輝かんばかりの笑みを見せて踊る。
迷い彷徨っていた魂がまた一つ、また一つと自然に誘われ元ある場所へと戻って行くのが嬉しくて仕方ない。
一番の悲しみを抱えているのは音を奏でているラーニャだ。
その音色はとても悲しく、沈んでいるのに……
レシアの
あの日、自然へと還るのを拒み流れて行った魂は、ようやく相手を見つけることが出来たようだ。
泣きながら笛を吹く彼女に寄り添いその肩を優しく抱いている。
見えているのは自分だけだろうが……その姿に心が震え熱くなる。
純粋に感じるのは羨ましさだ。
自分の愛してやまない人は抱きしめてくれるが、あんな風に肩を抱いてくれることなどしてくれない。
『いつかミキだってしてくれます。きっと……』
なら今の自分は全力で踊り、相手の要望に応えることが大切だ。
ちゃんとやれば彼は褒めてくれるのだから。
(C) 甲斐八雲
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